アベノミクスで高まる財政危機のリスク。「消費税率25%を覚悟」しなければならない可能性も<ゼロから始める経済学・第6回>

「成長実現ケース」は希望的観測にすぎない

 そもそも、2025年に基礎的財政収支が黒字になるのは「成長実現ケース」です。2019年1月に提出された内閣府の試算にはこうあります。 「成長実現ケースについては、経済成長率は緩やかに上昇していき、2020年代前半に実質2%、名目3%以上の経済成長を実現する。その中で、2020年度は消費税率引上げに伴う対応の効果もあり一時的に上昇する。結果として、2020年度頃に名目GDPは概ね600兆円に達する。また、消費者物価指数上昇率は、2022年度以降2%程度に達すると見込まれる。」  6年前の目標がいまだ堅持されていることに驚きます。経済成長率、経済規模、物価、すべての点でこの「ケース」は希望的観測にすぎません。これでは財政再建は、はじめからムリだといっているのと同じです。  続けましょう。 「財政面では、PB〔プライマリー・バランス――引用者〕赤字対GDP比は、2025年度に0.2%となり、PB黒字化の時期は2026年度となる。公債等残高対GDP比は、試算期間内において、安定的な低下が見込まれる。なお、長期金利の上昇に伴い、低金利で発行した既発債のより高い金利による借換えが進むことに留意が必要である」  そうなったら「いいね」、としかいいようがありませんね。「なお」書きが、今後の国債費の上昇を示唆しており、そこはかとない不安を感じさせます。  日経新聞によれば、安倍首相は3月の参議院予算委員会で、2025年の「『PB黒字化の目標は堅持し、国際社会に説明していくことが重要だ』と強調した」そうです。5年前にも同じようなことをいっていなかったでしょうか。5年後にも繰り返すのでしょうか。  日銀は、2015年度に、国債価格が下落するなどのリスクに備えて4500億円の引当金を積んでいます。日銀が保有する国債の規模を考えると心もとない額ですが、現実的な対応といえるでしょう。  冒頭で筆者が「国民の誤算」と書いたのは、「成長実現ケース」が実現しない前提で「財政の再建」を考えなければならないときが迫ってきているためです。  リフレ派の理論家と目される伊藤隆敏氏は、著書『インフレ目標政策』(日本経済新聞出版社、2013年)の中で次のように述べています。 「デフレからの脱却、改革による成長率の回復、社会保障関係支出…の削減が実現できれば増税幅は小さくて済むけれども、それらが実現できなければ、いずれ消費税率25%を覚悟しなくてはいけない、という現実をかみしめる必要があります」。 「財政の再建」のための「強い経済」の実現が、「絵に描いた餅に終わる」ことが明白となったいま、伊藤氏の箴言を「かみしめる必要が」出てきたといえるでしょう。

余論

 先月OECD(経済協力開発機構)の経済審査報告書が発表されると、基礎的財政収支黒字化のためには消費税26%が必要との見出しが躍り、一瞬話題になりました。しかし、26%の数字だけが一人歩きした感があります。正しくは、消費増税のみで黒字化を達成するためには20~26%への引き上げが必要と書いてあります。この報告書は、財政再建のための消費税の増税と「費用とリスクとを緊密に監視しながら、物価上昇率が持続的に2%の目標を上回るまでの間、金融緩和を継続すべき」ことを指南する無責任なものです。  現代貨幣論(MMT: Modern Money Theory)も話題ですね。財政が魔法の泉であるかように説く、通俗的な紹介がまかり通っているようです。しかしMMTは財政赤字を正当化する小手先の政策技法ではありません。本稿では、現代金融論ではなく、現代貨幣論と訳してみせたように、もっと経済の根幹にかかわる問題なのです。 <文/結城剛志> 埼玉大学大学院人文社会科学研究科・教授。専門は貨幣論。著書に『労働証券論の歴史的位相:貨幣と市場をめぐるヴィジョン』(日本評論社)などがある。
埼玉大学大学院人文社会科学研究科・教授。専門は貨幣論。著書に『労働証券論の歴史的位相:貨幣と市場をめぐるヴィジョン』(日本評論社)などがある。
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