架空の「ネタ」組織で披露される陰謀論や対立候補攻撃
また、YouTubeでは架空の「URSAL」という組織をテーマにしたビデオが討論前後に登場した。「URSAL」はもともとはラテンアメリカの左派を皮肉るためのものだったのが、じょじょにシリアスに考えられるようになり、ビデオではそれをネタに対立候補を攻撃したり、陰謀論を披露したりするようになっていった。
『#ElectionWatch: URSAL, Illuminati, and Brazil’s YouTube Subculture』(2018年8月30日)、
THE CONVERSATION誌の調査(
「Mapping Brazil’s political polarization online」、2018年8月3日)によれば、この時期、ブラジルのSNSの政治的意見は両極端に分裂していたことが調査で分かっている。ただし、これはブラジルだけが特殊ということではなく世界的に見られる現象だという。世論の二極化は世論操作の格好の餌食だ。
選挙期間中にツイッター社は極右アカウントを削除したが、追い出されたメンバーはGab.aiというサイトに移動した。このサイトは陰謀論とヘイトスピーチの温床になっているサイトで、アメリカでもSNSから追い出された人々が集まってきている(参照:
「#ElectionWatch: Migration to Gab in Brazil」2018年9月24日)。
ブラジルには1億2千万人のWhatsAppのユーザがおり、その影響力は甚大である。
「WhatsApp is a black box of viral misinformation — but in Brazil, 24 newsrooms are teaming up to fact-check it」(NiemanLab、2018年8月6日)と
「The Brazilian group scanning WhatsApp for disinformation in run-up to elections」(The Guardian、2018年9月26日)によると、ブラジルのファクトチェック機関ComprovaがWhatsAppの協力を得てファクトチェック体制を整えた。
Comprovaは新聞社やテレビ局を含む24の報道機関によって作られた仕組みであり、同国の調査報道協会Abrajiと連携し、メディアとジャーナリズムのためのNPO組織Projorの支援を受けている。また世界的なファクトチェック機関First DraftとHarvard Kennedy School’s Shorenstein Centerの支援も受けている。The Google News Initiative と Facebook Journalism Projectが資金提供、技術提供そしてトレーニングの提供を行っている。
ComprovaはWhatsApp、フェイスブック、ツイッターをSNS監視ツールSpike や CrowdTangleを使って確認する一方、WhatsAppを通じてフェイクニュースに関する情報提供を受け付けている。Comprovaの詳細は
「24 Brazilian newsrooms unite to investigate election misinformation」(FIRST DRAFT、2018年6月)に掲載されている。
そして、
『News and Political Information Consumption in Brazil: Mapping the 2018 Brazilian Presidential Election on Twitter』(2018年10月5日、Caio Machado, Beatriz Kira, Gustavo Hirsch, Nahema Marchal, Bence Kollanyi, Philip N. Howard, Thomas Lederer, and Vlad Barash. Data Memo 2018.4. Oxford, UK: Project on Computational Propaganda. comprop.oii.ox.ac.uk)によれば、この選挙期間中SNSもっとも存在感を示したのはボルソナロの支援者たちであり、多くの種類のジャンクニュースを拡散していた。その発言数でも他を圧倒していたことがわかった。
選挙の結果、猛烈にネット世論操作を仕掛けていた右派のボルソナーロが当選を果たした。
ボルソナロは「カリオカのトランプ」と呼ばれることもある過激な主張が特徴の人物だ。極右かつ差別意識を持ち、銃の自由化を考えている。そのためブラジルだけでなく世界各地で反ボルソナーロ運動が起きたくらいだ。
2018年11月4日のロイターは、「
Brazil’s next president declares war on ‘fake news’ media」と題する記事を配信した。
「カリオカのトランプ」と呼ばれる人物らしく、ボルソナロもメディア(特に自分を批判するジャーナリスト)を攻撃し、予算の削減を口にし、フェイクニュース呼ばわりしていることを取り上げた記事である。
ボルソナロとメディアとの対立は深まるばかりで、2019年3月11日の
『The Guardian』紙に掲載された「Bolsonaro under fire for smearing reporter who covered scandal involving his son」ではボルソナーロが誤解から記者を非難し、それに対する抗議が激化していることが報じられている。
ボルソナロ新大統領に対して国内外での期待も高まっている一方、メディアへの締め付けが厳しくなる見込みだ。政権よりのネット世論操作が多く行われ、市民のネット上での活動および抗議活動に対しての監視は厳しくなりそうである。
◆シリーズ連載「ネット世論操作と民主主義」
<取材・文/一田和樹
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