ロシアの世論操作を暴く米シンクタンク報告「THE KREMLIN’S TROJAN HORSES 3.0」を読み解く

国民の政府やメディアへの不信につけこむ

・スウェーデン  レポートによればもっともロシアの脅威の影響を受けているのがスウェーデンである。スウェーデンは近年の移民の増加による混乱で政治の議論はより極論に走るようになり、多くの投票者が既存政党に背を向けるようになった。これがつけ込まれる隙になった。  2018年の総選挙では極右のスウェーデン民主党(SD、Sweden Democrats)が国民が持っている移民政策への不満と移民をうまく処理できていない不満を利用し、第3党にまで躍進した。
 長い間、スウェーデンは平時には非同盟、戦時には中立という方針でロシアに接してきた。しかし、スウェーデンがEUに加入し、リスボン条約でEU加盟国が攻撃を受けた場合、他の加盟国はあらゆる手段でこれを支援しなければならないことになったため、NATOとの関係も深まった。1990年代初頭にスウェーデンは旧ソ連邦の国々に働きかけ、東方パートナーシップ締結にも関与した。スウェーデンが旧ソ連邦の国々に働きかけたことは以前の中立を捨て、EUよりの価値を追及することを意味し、ロシアとの対立を深め、軍事的緊張を増すことになった。ロシアとの間に起きるであろうことへの対応で政治的な分断が進んだ。  1980年代のネオナチ運動から発生したポピュリズム政党のスウェーデン民主党は右派であり、反移民、反ムスリムを掲げ、伝統的な価値感を称揚し、イギリスに続いてEU脱退すべきと主張している。このアジェンダはロシアが期待するものに沿っている。公式には同党はロシアには厳しい見方をしており、NATOに関しては党内でも意見が割れている。しかし、プーチンのナショナリズムに共感を抱く党員もいる。この党がロシアのターゲットにされる可能性は高い。  左ではThe Left Party、Green Partyの一部にロシアを支持する動きがある。Communist Partyは反アメリカ、EU懐疑主義に基づくかつての中立主義の復興。これはロシアの望むことでもある。  スウェーデン民主党から脱退した者たちが作ったAlternative for Sweden (AfS)はスウェーデンのもっとも親ロシア政党となった。ロシアへの制裁措置の全て反対している。2018年6月モスクワで開催された議会主義のフォーラムに参加した同党はフェイスブックのページで世界のAlternativeをつなぐことを宣言した。参加するのは親ロシア政党ばかりなのだが。  AfSはSNSでもさかんに活動していた。Sweden Defence Research Agency によれば選挙中ボットの増加が確認された。そのうち47%はスウェーデン民主党、29%はAfSだった。  自身をAlternativeと形容するメディアがスウェーデンに増加しているのも危険な兆候だ。その多くはスウェーデン民主党の支持者とされている。極右で、スウェーデン民主党のナショナリズムからあからさまなナチズムまである。  オンラインマガジンではJinge.seとNewsvoiceが、もっともロシアの話を紹介しており、極右と極左の架け橋にもなっている。  ロシアのプロパガンダは、移民に関係した犯罪、統合の弱さ、シリアで戦っているスウェーデンのイスラム原理主義者に焦点を当てている。でっちあげではないが、かなり誇張されているため、これらの問題を政府が解決できなければ国民の信頼を取り戻すことができず、ロシアにつけ込む隙を与えてしまう。  もしスウェーデン民主党の影響力が拡大すればスウェーデンがNATOやEUと距離を置くようになるのは間違いない。これはロシアの思う壺だ。  国民のNATOへの支持は増加傾向にあるが、その一方でAlternativeメディアは継続的に反西側のプロパガンダを流している。幸い昨年9月の選挙でスウェーデン民主党は事前に危惧されたほどは躍進しなかったが、連立政権の調整は難航し、新内閣が発足するまで4か月もかかった。(参照:総選挙から4カ月を経て新政府樹立–JETRO) ◆シリーズ連載「ネット世論操作と民主主義」 <取材・文/一田和樹> いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている
いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている
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