1月25日に、「放射線審議会」というものが開催されました。ここでなにが議論されているか、は、例えば産経新聞の記事には以下のように紹介されています。
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放射線基準、柔軟に見直し含め検証を 国審議会、現行基準は否定せず
国の放射線審議会は25日、原発事故などの直後に今後策定される食品や除染の放射線基準について、状況の変化に応じて見直しを含め妥当性を検証すべきだとする考え方を決定した。東京電力福島第1原発事故後に導入された安全寄りの基準が見直されず、現在も住民帰還の妨げになっていることなどを受け検討していた。ただ、審議会は「現行基準を否定しない」と各省庁に見直しは求めない。
(中略)
ただ、その後に基準以上の空間線量の場所で生活しても被曝線量は想定より低くなるとの実測データが示され、審議会は食品基準を含め「状況の変化やデータの蓄積があれば基準の妥当性を検証することが重要」と柔軟な対応を求めた。
現行基準への反映は「混乱を招く」として見送ったが、25日の会合では委員から「今の基準についても、復興を妨げているのであれば、関係省庁で議論してほしい」と見直しを望む声が相次いだ。
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要するに、福島原発の事故後に決められた食品や除染の放射線基準は厳しすぎるので、もっとゆるくする方向で考えてもいいのではないか、といっているわけです。一方で、「現行基準を否定しない」ともいっていて、じゃあ具体的にはどうしろというのか、よくわからないのですが、このような曖昧な表現で進めたい方向にもっていく、というのは近年良くみられることであり、実際には見直しが進むと思われます。
そのような、現行の基準が厳しすぎることの根拠として、「基準以上の空間線量の場所で生活しても被曝線量は想定より低くなるとの実測データ」というものがある、と記事には書いてあります。
ところが、この記事には何か文書の写真がついており、「東京電力福島第1原発事故後の放射線基準を検証する放射線審議会の資料。線が引かれている部分が削除されることになった」と説明がついています。文書のほうを見ると、削除されているのは
④個人線量と航空サーベイによる空間線量モニタリング結果の比較(宮崎、早野)
というところであることがわかります。(参照:143-1-2号 東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえた緊急時被ばく状況及び現存被ばく状況における放射線障害防止に係る技術的基準の策定の考え方について(案)/第142回総会資料142-2号からの見え消しの14ページ)
この論文は、既に前回記事「データ不正提供疑惑・計算ミス発覚の個人被曝線量論文。早野教授は研究者として真摯な対応を」(HBOL)で述べた通り、データ不正提供疑惑と計算ミスがあることが明らかになっていますが、どちらについても詳細はまだ不明な点が多いものです。
特に、「計算ミス」については、高エネルギー加速器研究機構(KEK) 名誉教授黒川眞一氏が公開した内容(参照:arXiv)に対して、その後に著者の一人である早野氏が公開したものがまともな回答になっておらず、研究自体の信頼性を疑わざるを得ない状況になっています。
一方、早野氏の見解をうけて、論文が掲載された雑誌のほうで、Publisher’s notice というものがでました。これは宮崎早野の第一、第二論文にそれぞれ追加されています。
第一論文:「Individual external dose monitoring of all citizens of Date City by passive dosimeter 5 to 51 months after the Fukushima NPP accident (series): 1. Comparison of individual dose with ambient dose rate monitored by aircraft surveys」第二論文:「Individual external dose monitoring of all citizens of Date City by passive dosimeter 5 to 51 months after the Fukushima NPP accident (series): II. Prediction of lifetime additional effective dose and evaluating the effect of decontamination on individual dose」
以下、全文を引用します。
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We are issuing an Expression of Concern to raise awareness of a potential problem in this article:
It has been brought to our attention that some of the data used in the study reported in this article potentially were without appropriate consent. We have further been advised that this is currently under investigation. If required, the publication record will be corrected as soon as possible.
(以下は第二論文についてのみ)
In addition, this Expression of Concern highlights that the article, referenced herein, contains a methodological miscalculation underpinning the reported results. The miscalculation may affect the main conclusions of the article. The publication record will be corrected as soon as possible. (11 January 2019)
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以下日本語訳です。
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我々は、この論文にある潜在的な問題についての注意喚起のため、「懸念の表明」を公表します。
この論文で報告されている研究で使用されているデータの中には、適切な同意を得ていない可能性があるものもあるという指摘がありました。また、これが現在調査中であるという助言をうけています。 必要となった場合、出版記録は可能な限りすみやかに修正されます。
(以下は第二論文についてのみ)
さらに、この「懸念の表明」は、この論文で報告された結果は方法論的な誤りに基づくものであることを強調するものです。 この誤りは論文の主要な結論に影響を与える可能性があります。出版記録は可能な限りすみやかに修正されます。(2019年1月11日)
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出版社側では、
・データ不正提供疑惑については可能性の段階とする・論文の誤りについては、著者の言い分である「1つだけ間違い」を採用する
としたわけです。つまり、データ不正提供については、調査委員会等で確定したら必要な対応をとる、「誤り」についてはすみやかに修正する、といっています。
もっとも、それから3週間たっても、この「懸念の表明」以降出版社からの動きはありません。とはいえ、このような不正疑惑がある論文を国の委員会の議論のための参考論文にできないことはあまりに当然であり、放射線審議会の資料から抹消されること自体は当たり前といってよいでしょう。
しかし、問題は、そのように論文自体は抹消されたにもかかわらず、委員会の結論はその論文の内容に基づいたままである、ということです。このことについての事務局からの報告が第143回総会放射線審議会(2019年01月25日)動画の23分50秒前後にあります。
ここでの事務局の見解は
(a) 「事務局としては、学術的な意義について全否定するものではない。」つまり、個人情報的な問題があっても学術的な意義は否定されない(b) さらに、「論文を根拠としない場合も結論に影響しない」
というものです。以下では、そのような主張は成立するのか、ということについて検討します。