映画では出番は少ないが、映画出演で人生が変わったというコムサン・コムセーンさん
次に話を聞いたのは、コムサン・コムセーンさんだ。彼は不良仲間が別のグループとトラブルを起こし、抗争に発展。仲間が用意した拳銃を持ち、決闘の際に相手を殺してしまった。25年の刑を受けたが、やはり若いときにムエタイをしていたため、ムエタイ部にスカウトされ、刑務所内で選手になったという。
選手になってよかったことを問うと、
「遠征として刑務所外で試合があります。そのときにほんの数分ですが、直接家族や友人に会うことができることはよかったです」
と答えた。
タイの刑務所は施設によって違うが、分厚いガラスを間に挟んで電話で会話をするか、手を通すことのできない鉄格子とさらに1.5メートルほどの通路を挟んでしか面会できない。ムエタイ選手になることで、家族と直に接することができる点は、受刑者にとってなによりの励みになるのだ。
コムサンさんは8年で出所し、現在はムエタイトレーナーとしてジムを経営している。
先のジャルンポーンさんとコムサンさんに出所後の周囲の反応を訊くと、ふたりとも同じ答えが返ってきた。
「特に大きな変化はありません。刑務所で罪を償ってきたので、過去にこだわる人はいません」
しかし、彼らはムエタイという、いわば特技があることで働き口やその後の活躍の場に大きな問題がなかったとも言える。いくらタイとはいえ元受刑者には厳しい目が向けられることは少なくない。現実的に、再犯率も決して低くないのも本当の話だからだ。
ただ、タイは個人主義な面が強いため、例えばニューハーフの元男性が堂々と就職するチャンスが与えられるなど、その人物の「今現在」だけを見てくれるという、社会復帰するには優しい面も確かに多い。
両者のインタビューの最後に、刑務所の生活を振り返ってもらった。すると、これもふたりとも同じ答えであり、ある意味ではタイ人らしい締めくくりだった。
「もう二度と刑務所には戻りたくないです。私にはムエタイがあったけれども、それでも刑務所の生活は一切の自由がなく厳しい。殺人を犯してしまったけれど、社会が受け入れてくれているので、もう悪いことはせずにまっとうに生きていきたいです」
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他県にある刑務所跡地。映画撮影は実際にここで行われた
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刑務所の雑居房の中。古いタイプの刑務所はこんな感じだという
タイ人らしいというのは、ややステレオタイプな答えを用意していることと、殺してしまった人に対する申し訳ないという気持ちが微塵も感じられなかった点だ。
日本で公開が始まっているこの『暁に祈れ』はあまりにもリアルすぎる刑務所の描写に、タイ国内での撮影許可は出たものの、上映許可は出ていない。だから大半のタイ人はこの映画を知らないが、若い世代は「NETFILIX」でしっかりチェックしていて、出演したほぼ素人のタイ人俳優たちはちょっとした有名人になっている。
映画に出演するチャンスがあったことも、彼らの人生がうまく動き出していることのきっかけではある。もし映画の話がなければ、彼らは今はもっと違った人生だったかもしれない。
主人公の恋人(?)役として出演したフェームさん(映画内の役名も同じ)。彼女はインテリで、元犯罪者ではなく、現役のツアコンダクター兼女優
<取材・文・撮影/高田胤臣(Twitter ID:
@NatureNENEAM)>
たかだたねおみ●タイ在住のライター。近著『
バンコクアソビ』(イースト・プレス)