今回の取材は、2018年12月8日に公開が始まっている『暁に祈れ』という映画に出演した俳優たちである。映画のあらすじは、英国人のボクサーがタイで麻薬などに溺れ堕落した生活をしているうちに逮捕され、麻薬の禁断症状に苦しみながら刑務所内でムエタイのトレーニングを受け、チャンピオンを目指し紆余曲折するという内容だ。 　映画の触れ込みでは主役のジョー・コールや数名の役者を除き、すべて受刑者あるいは元受刑者という。そんなバカな話があるかと、まず最初に同映画のプロデューサー、ニコラス・サイモン氏に話を聞く。すると、それは事実であり、最初こそ刑務所の中のムエタイについて数年かけて取材を進めていたら、次々に取材対象者が出所したため、その機会に出演をオファーしたようである。 　まず最初に話を伺ったのは、ジャルンポーン・サワットスックさん。彼は殺人で逮捕され終身刑になった。貧しい家庭の出身で、ムエタイで生計を立てようと子どものころからジム通いをしていた。 「カネを受け取って、人を殺しました。同時に当時つき合っていた恋人が覚醒剤を所持しているのが家宅捜索でみつかってしまい、自分のものだと言って身代わりになりました」 　このエピソードは映画の中でも語られる。これがこの映画をよりリアルにしている要素のひとつだ。彼はムエタイという特技で殺人を犯したのではなく、殺し屋として拳銃で人を殺めた。正直、元とはいえ、本物の殺し屋に筆者も初めて会った……。 　刑務所内はやはり人間関係の坩堝だそうだ。刑務所内での暴力や麻薬、囚人同士の強姦などもあるようだが、彼はそれに対しての質問には口を噤んだ。要するにそれが答えだ。 　ただ、彼が答えなかったのにはもうひとつのわけがあった。それは彼は直接関与していなかったからだ。数年間はふて腐れていたそうだが、ある日ムエタイの誘いを受けた。学校での部活のようなものだが、タイでは国技であることから刑務所対抗戦などもあるし、特別待遇で労働が免除になり、かつ食事も高カロリーのものが与えられた。 「むしろ若かったときよりもムエタイに打ち込めました」という環境があり、彼は心境に変化も起こる。更生に向かって動き出したのだ。さらにムエタイ選手はやはりタイ人の間でも恐れられ、刑務所内の派閥やマフィアの構成員たちによる争いからも無縁となった。 　そうして模範囚として過ごし、国王（筆者注：タイの前国王のこと）の恩赦などにより、13年ほどで出所となった。出所後は刑務所内の大会で3階級のチャンピオンになった経歴を活かし、ジムを経営しながら選手兼トレーナーとして活躍している。