平成最後の島耕作論。団塊サラリーマンと平成<「サラリーマン文化時評」#7>

スマホ・シフトと団塊世代の退場

 日本人の働き方は、平成後期に大きく変わった。長引く不況とIT環境の進化、特にスマホとSNSの浸透が「<新しい>新しいサラリーマン」を生み出し、戦後的な大企業文化に属さない若いサラリーマン像が形成され始めている。それは団塊世代の子供たちである団塊ジュニアよりも、さらに下の世代で顕著だ。  年収は前の世代よりも少ないけれど、ITリテラシーが高く、シェアやフリマアプリでやりくりする。新聞はとらずにスマホで情報収集し、上司や仕事先のゴルフにはつきあわず、タバコは吸わず、お酒もあまり飲まない。  スマホ・シフトによって仕事スタイルが劇的に変化し、年功序列も通用しなくなっている。企業が導入する情報管理ツールやビジネスチャット、流行りのアプリの使い方やSNSのマーケティング活用法を、40~50代のベテラン社員が20代に教えられる時代だ。労働のリアリティは急速に変わりつつある。  彼らにとって、「出世」はもはやファンタジーとして機能しない。会社はもはや家族ではなく、特定の企業一社に人生のすべてを賭けようという忠誠心は極めて薄い。だからこそ、上司からの<縦の承認>よりも友人やコミュニティからの<横の承認>を重視し、SNSを駆使したセルフブランディングに注力する。  今思えば、島耕作の決定的な失敗は、世界的な電機メーカーであるにもかかわらずスマホ・シフトを軽視していたことではないだろうか。’07年にiPhoneが発売され、’10年にサムソンがGalaxyを発売しているのに、’11年6月に発売された『社長 島耕作』第9巻の表紙で、島はまだガラケーを使っていた。スマホが仕事と生活のすべてを変えることを、彼は体験すらできていなかったのだ。

平成の終わり、サラリーマンの世代交代

 平成初期の’90年頃まで、電機は自動車と並ぶ輸出産業だった。テレビやDVDレコーダー、ビデオカメラは、日本製が世界のスタンダードだった。世界の半導体メーカーの売り上げランキングも、日本企業が上位を独占していた。平成が終わろうとする今、状況は大きく変わっている。島耕作も自社で二期連続赤字を出してしまい、’13年に社長を退任している。  ひとつの会社に忠誠を尽くす一方で会社文化にリベラルな風を吹かせ、出世と肩書きにアイデンティティを見出す。団塊世代にそんな「新しいサラリーマン」の夢を見せる島耕作の使命は、平成と共に終わった。団塊世代は既にサラリーマンを引退し、会社と離れた人生を模索している。  島耕作自身は、しばらくは業界視察を続けつつ、いずれは「終活編」に辿り着くだろう。もともと弘兼憲史は「老い」を描ける希少な漫画家だ。同世代、そして後輩世代に対して、悔いのない最期のモデルケースをみせること。それこそが、島耕作が提供する最後の夢になるのではないだろうか。  サラリーマン像の世代交代を果たし、昭和後期と平成という時代を駆け抜けた団塊世代の物語は終わり、団塊世代を乗り越える新しい働き方の物語がもう始まっている。ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。 <文/真実一郎> 【真実一郎(しんじつ・いちろう)】 サラリーマン、ブロガー。雑誌『週刊SPA!』、ウェブメディア「ハーバービジネスオンライン」などにて漫画、世相、アイドルを分析するコラムを連載。著書に『サラリーマン漫画の戦後史』(新書y)がある。Twitterアカウントは「@shinjitsuichiro
サラリーマン、ブロガー。雑誌『週刊SPA!』、ウェブメディア「ハーバービジネスオンライン」などにて漫画、世相、アイドルを分析するコラムを連載。著書に『サラリーマン漫画の戦後史』(新書y)がある
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