私は『
フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)で、ヨーロッパとアジアにおいて
フェイクニュースやネット世論操作によって独裁者が生まれ、全体主義的傾向を持つ政党が勢力を増している現状を紹介した。SNSの影響力は想像をはるかに超えて強力だ。特にインターネットが充分に普及していない国に
フェイスブック社が提供している無償インターネットサービスは破壊的と言っても過言ではないだろう。このサービスを導入した国ではインターネットの普及率が数年で劇的に向上する。
たとえば
ミャンマーのインターネット普及率は
2013年には13%だったが、フェイスブックのサービスによって
2016年には85%に跳ね上がった。その結果、
ヘイトスピーチとフェイクニュースが蔓延し、少数民族への差別と虐待が激化する事態となった。
カンボジアでは選挙においてフェイスブックが政治の道具として利用されており、
反政府発言は監視され、逮捕される。
野党党首を陥れるフェイクニュースを流し、野党を解散させた。この事態に対してニューズウィークやガーディアンなど各紙が「カンボジアで民主主義が死んだ」と報じるほどになった。
民主主義を守ってきた”柔らかいガードレール”は
SNSの普及によって破壊されつつある。世界各国に蔓延するフェイクニュースとネット世論操作がその崩壊を加速している。実例をあげるときりがない。興味のある方は『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』をご一読いただきたい。いやというほどSNSが民主主義を壊した事例を紹介している。私はその本の中でフェイスブックの普及による社会秩序の破壊を指して、「フェイスブックの悪魔」と呼んでいる。
『民主主義の死に方』で説明されているように、法律や制度を支える価値感や行動=相互的寛容と組織的自制心がなければ、過度な二極化が進み、民主主義は死ぬ。著者は過去の事例から民主主義を殺す手順を紹介し、それを防ぐためには我々ひとりひとりが民主主義を守る自覚をもって立ち向かわなければならないとしている。
同書で描かれる、投票による政権奪取から独裁者になる手順を読むと、まるで日本で進んでいることをなぞっているようにも思えてぞっとする。
だからといって私はSNSが悪だと言っているわけではないし、なくせばよくなるとも思わない。我々の社会は常に変化している。民主主義のシステムが生まれた時と今では状況が異なる。新しい社会に対応するために変化すべきだ。今は新しい社会システムが誕生するまでの過渡期なのだ。大事なのは向かうべき目標、守るべき価値感を明確にし、共有し、社会システムを創造することなのだろう。もはや過去に戻ることができない。
◆シリーズ連載「ネット世論操作と民主主義」
<取材・文/一田和樹>
いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。近著『
フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている