アドアストラ社の俯瞰写真。右手が社屋。左手の太陽光パネルで発電し、水を電気分解して得られた水素を中央奥の水素ステーションに貯蔵する
チャンが創設したアドアストラ社には、もう1つ事業の柱がある。それが、水素エネルギーの開発だ。
再生可能エネルギー源だけでほぼ100%電力を自給するコスタリカの次の一手は、その電力を貯蔵する技術の開発だ。再電化可能なエネルギー貯蓄の技術が確立され、そのインフラが整えば、2030年から開始することになっている「国単位での脱炭素化」はがぜん現実味を帯びる。
アドアストラ社は、プラズマエンジン開発の過程で、希ガスの液化・気化の技術を得ている。それを応用して、水の電気分解によって取り出した液化水素を貯蓄し、バスに充填して走らせるパイロット・プロジェクトを行っている。
そのバスこそ、今年5月にカルロス・アルバラード現大統領がその就任式典に乗り付け、コスタリカが環境立国の先頭を走ることを印象づけた「水素バス」だ。原理としては、中学校の理科レベルの話であり、現在では技術的にはほぼめどがついている。実際、小型乗用車であれば、トヨタのMIRAI、ホンダのクラリティなどが、すでに市販化されている。
ただし、どちらも実勢価格が500万円を超え(日本で各種補助金などを利用した場合)、水素ステーションなどのインフラ整備も遅れている。加えて、まだ燃料のコストも高く、市場における競争力は非常に弱い。
アドアストラ社では、水素ステーションのインフラ整備が少なくて済み、市場競争力が比較的弱くとも導入可能な国内バスなどの大型公共交通機関から導入を始めることで、現実的な水素自動車の導入を目指している。
コスタリカ「特有」の課題は「国策といっても国はカネを出さない」
アドアストラ社敷地内に設けられた水素ステーション。実験用のバスがここで水素を充填する
コスタリカ政府は、カーボン・ニュートラルや脱炭素化などを国策としてブチ上げてはいるものの、制度的整備や予算配分などはまだまだだ。アドアストラ社は、一民間企業として研究開発を行なっており、国家プロジェクトというわけではない。つまり、国策であると言いながら国家予算は投入されていない。
水素エネルギーが既存の化石燃料と取って代わるとすれば、困るのは国営の石油会社であるRECOPE(レコぺ)である。RECOPEは、アドアストラ社とともに水素ステーションの共同開発に参加していたが、法律によって「化石燃料しか扱えない」ことが判明し、手を引かざるを得なくなった。つまり、制度も未整備な部分が多いということだ。
コスタリカをフィールドとして研究している筆者がこの話をアドアストラ社で聞いた時、正直「またか」と思った。コスタリカでよくあるパターンの問題群だからだ。
たとえば、生物多様性を国として「売り物」にし始めた1990年代、NGOだった生物多様性研究所を「国立」化し、ビオトープを作って外国人を含めた観光客を呼び込みつつ、薬学的な研究を行なっていた。InBio Parque(インビオ・パルケ)と名付けられたその施設は、地元の学校の社会科見学や多くの外国人観光客でたいそう賑わっていた。薬学研究の先進性には諸外国も注目していたものだ。
しかし「国立」という割に政府は予算をつけず、結局2016年に閉園になってしまった。つまり「名前は出すがカネは出さない」というわけだ。