私たちが評価を下す側にいて、かつ評価をしている様子が人に見られているという意識があるとき、男女間で表情表出に差が生じることが知られています（McDuff, 2017）。具体的には、男性は眉間にしわを寄せる熟考表情を多く見せ、女性は口角を引き上げる笑顔と眉をハノ字にする共感的な表情を多く見せます。 　なぜこうした表情の差が生まれるのかについて、私は次のように考えます。 　評価する側とされる側には一種の緊張状態が生まれます。「真剣に考えて評価していますよ」というメッセージを伝えるために男性は眉間にしわを寄せ、「そんなに緊張しないでね」「あなたの言いたいことはよくわかるわ」というメッセージを伝えるために女性は口角を引き上げ、眉をハノ字にする。 　つまり、男性は緊張状態の維持を、女性は緊張状態の緩和を醸成しようとしているのだと思います。この根底には進化生物学的な根拠があるのかも知れません。 　緊張状態のときにそれを維持する、あるいは緩和するという戦略が太古の昔生き残りに有利に働いたのかも知れません。そしてその一部が、社会的性である男女のジェンダー役割に後押しされ、表情戦略のルールとして現在の形になったのかも知れません。 　いずれにせよ、評価や意見・アドバイスを求めるとき、男性の眉間のしわと女性の笑顔はデフォルト（真の感情を示すシグナルとしての意味はない初期値表情あるいは中立表情）として考え、それ以外の表情の変化から相手の本意を推測した方が良さそうです。 　特に冒頭の例のように明確な評価が繕われた表情の後に言葉で発せられれば問題ないのですが、無言あるいは一言、二言で「はい、確かにレポート受け取りました」などと言われてしまったときには、この男女の評価デフォルト表情はあてにならず、それ以外の表情や行動から真の評価を推測することが大切になるでしょう。 　最後に、こうしたデフォルト表情に惑わされるあなたへワンポイントアドバイスです。 　男性の顔は口元を見ましょう。眉間にしわを寄せるデフォルトの熟考に対して、唇をプレスする顔の動きは真の熟考の可能性が高いです。真の熟考に気付いたら、何か質問や疑問がないか聞いてましょう。 　女性の顔は目元を見ましょう。口角を引き上げるというデフォルトの笑顔に対して、目じりのしわは真の幸福の可能性が高いです。真の幸福に気付いたら、それに続く言葉や評価を肯定的に受け止めましょう。 　このように世界をとらえられれば、コミュニケーションの微妙な間合いに彩を感じられるようになるでしょう。 【参考文献】 McDuff, D., Kodra, E., Kaliouby R. and LaFrance, M. A large-scale analysis of sex differences in facial expressions. PLOS One, 2017. ＜文／清水建二＞ 株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS（Facial Action Coding System：顔面動作符号化システム）コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ（「科捜研の女　シーズン16」）の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く　表情のつくり方』（イースト・プレス）、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』（フォレスト出版）、『0.2秒のホンネ　微表情を見抜く技術』（飛鳥新社）がある。