JR四国の新幹線への執念、ミニミニ新幹線もある宇和島運転区一般公開に行ってみた

古い扇形庫と転車台

扇形庫と転車台 扇形庫は1941年竣工と推測されています。転車台は1937年製。2018/11/4撮影

 庫内には、蒸気機関車時代の工具も保管してあるとのことで、修理の上で整備すればそのまま博物館にできます。
扇形庫

扇形庫はこぶりな4ピットで、廃レール鉄骨のスレート葺。かなり老朽化が目立ちます。車両検査場としては30年ほど昔に使って以降、使われていないとのこと。2018/11/4撮影

 また扇形庫隣の屋外に5番ピットがあり、これは突き当りの山をくり抜いた蒸気機関車用の掩体壕に繋がっていたそうです。もちろん、空襲で機関車が狙われるためで、貴重な戦争遺構と言えます。
扇型庫内観

手前が1番ピットで、奥が4番ピット。柱は廃レールの再利用鉄骨で、1800年代の輸入品が見られます。鉄筋コンクリートでなく、鉄骨スレート葺なので老朽化にここまで耐えているのでしょう。2018/11/4撮影

ドロップピット

4番ピットと3番ピットに珍しいドロップピットが現存しています。蒸気機関車の動輪を外してピット内に下ろすためのもの。ドロップピット上のレールは左右に移動できます。2018/11/4撮影

 掩体壕を復元し、宇和島市内で静態保存中のC12-259を移設すれば立派な戦争遺構になります。
戦争遺構でもあるピット

4番ピットのとなりに屋外にもかかわらず5番ピットがあります。かつては写真奥の山が敷地間際まであり、そこに掩体壕を掘り蒸気機関車を隠していたとのこと。5番ピットはその名残。要するに戦争遺構。建屋の木製部品が腐食して剥落しており、保存をするならそろそろ大規模修理が必要と思われます。2018/11/4撮影

 宇和島運転区正門には昭和16年竣工の給水塔や、かなり古い立哨小屋があり、給水塔は現役らしく手入れされていますが、使っていない木造の建屋は荒廃が目立ちます。
給水塔

昭和16年竣工の給水塔。現在も高架水槽として使われているらしいです。2018/11/4撮影

 扇形庫を含めて荒廃が目立っており、産業・戦争遺構として保存するなら、今のうちに修繕をせねば10年後、20年後には消滅してしまう恐れがあります。産業・戦争遺構として、観光資源として失われては取り返しが付きませんので、地元とJR四国とで保存に向けての取り組みを始めてほしいものです。
平屋

構内にはこういった板葺きの平屋がいくつか現存しています。私が子供時代に住んでいた社宅がこれでした

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これぞ、新幹線のないJR四国の執念!
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