マイクロソフト共同創設者のポール・アレン氏が死去。深海から宇宙まで駆け抜けたその人生

ポール・アレン氏

ポール・アレン氏 (C) Vulcan

 米マイクロソフトの共同創業者、ポール・アレン氏が2018年10月15日、65歳で亡くなった。同氏の親族や経営会社が明らかにした。  アレン氏は1976年、ビル・ゲイツ氏と共にマイクロソフトを創業。その後も多数の会社を起業・経営するとともに、慈善活動にも尽力。また、第二次世界大戦で沈没した軍艦の探索や、さらには宇宙事業へも熱心な投資をするなど、過去と未来を見つめ、深海から宇宙まであらゆる分野を駆け抜けた人生だった。

マイクロソフトの共同創業者

 ポール・ガードナー・アレン(Paul Gardner Allen)氏は1953年、ワシントン州シアトルで生まれた。  中高一貫校でビル・ゲイツ氏と出会い、1975年にマイクロソフトを共同で創設。当時アレン氏は22歳、ゲイツ氏は19歳という若さだった。その後、同社はOS「Windows」などを開発、販売し、世界的な企業へと成長した。  アレン氏は1983年、病気のため退社するものの、別の企業を起業したり、映画製作に出資したりと多方面で活躍。さらに1990年には古巣マイクロソフトに復帰し、2000年まで取締役を務めた。  最新の「フォーブス」による米国人の長者番付では、資産203億ドルで、21位にランクインしている。  アレン氏はまた、動物保護や難病の研究、教育などに多額の出資をする慈善活動家としても知られ、これまでに数十億ドルを寄付したとされる。また芸術品やギター、航空機などの産業遺産の収集、展示などにも熱心だった。スポーツにも情熱を傾け、スポーツ・チームをいくつも運営した。  とくに日本において知られた活動としては、第二次世界大戦で沈んだ軍艦の探索が挙げられる。2015年3月には、フィリピンのレイテ島沖のシブヤン海で、旧日本海軍の戦艦「武蔵」を発見したことが大きく取り上げられた。その他にも戦艦「山城」、「扶桑」、駆逐艦「島風」、重巡洋艦「インディアナポリス」といった艦船(と考えられる)の残骸も数多く発見している。  一方、1983年にはがんの一種である悪性リンパ腫と診断され、それがマイクロソフトを退社するきっかけとなった。治療により克服するものの、2009年に別の種類のがんを発症。治療を行うも、今年10月上旬にはその合併症を患い、ふたたび治療を行うことを表明していた矢先だった。  ゲイツ氏はブログの中で、「ポールは長年の友人であり、人生で最初のビジネス・パートナーでした。家族と友人を情熱的に愛し、そして偉大で優れた技術者であり慈善家でした。彼は高校生のころから、コンピューターが世界を変えると予見していました。彼なくして、マイクロソフトは誕生しなかったでしょう」と語っている。
ポール・アレンとビル・ゲイツ

学生時代のポール・アレン氏とビル・ゲイツ氏 (C) Vulcan

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地球外生命探索を夢見て宇宙事業
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