サックヤンは、特にタイと隣接するカンボジアやラオス、ミャンマーにも広まっていたものだ。しかし、ベトナム戦争前後の共産化などでサックヤンが否定されて廃れていき、植民地化されたことのないタイだけが独自に発展した。一方では、古いものを好まないタイの若者にはダサいと見られるようになり、徐々にサックヤン人口は減りつつあった。
同時に、1980年代以降、外資系の企業が進出してタイ国内の働き方に変化が起こる。会社で働くということが徐々に当たり前になっていった。そんな中でタトゥーがあると就職や出世に影響が出るようになり、特に高学歴の若者にはタトゥーそのものが好まれなくなってきたのだ。
ただ、2000年代に入ると、タイの若者を中心にタトゥーの認識に一度大きな変化があった。2003年ごろに、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーがサックヤンをタイで入れたことが話題になり、そのころに活躍していたタイ人芸能人もマネをしていれるようになったのだ。このときに一大サックヤンブームが起き、今も僧侶でもない人がサックヤンを入れるタトゥーショップが見られる。
しかし、本当に上を目指そうという人は今もタトゥーを敬遠する。例えば出世すれば大きな権力を手にできる警察官は、幹部になればなるほどタトゥーを入れている人の割合は減るどころか、ほぼ皆無になるという。
普通に考えてみれば、初対面で人を判断するときに重要な手掛かりとなるのは外見だ。タトゥーがある人は実際に悪人ではないにしても、ちょっと警戒してしまうのは致し方ない。あるよりはないに越したことはないのだろう。
明白に差別・区別されたことはないが、タトゥーが入っている筆者もときどきタイ人からでさえいい印象を持ってもらえてないと感じることはある。実際的にアウトローだった日本のタトゥーが今もよく思われないのは当然なのかもしれない。
ある和彫りの彫り師と話したときに、こう言っていたことを今でも思い出す。
「プールや温泉に入れなくなるかもしれないと悩む人は入れない方がいい」
日本ではタトゥーに対する見方は文化的によくない。これがすべてだと筆者は思う。タトゥーが少しでも反社会勢力の可能性がある場合、商業施設その他で拒否反応は当然である。あくまでも個人的な意見ではあるが、アウトローのくせに温泉でのんびりしようという方がよほど理解しがたい感情であると、タトゥーがいっぱい入っている筆者は思うのである。
<取材・文・撮影/高田胤臣(Twitter ID:
@NatureNENEAM)>
たかだたねおみ●タイ在住のライター。近著『
バンコクアソビ』(イースト・プレス)