タイはかつて金産出国だった。1750年に中部地方のプラジュワップキーリーカン県で本格的に採掘と加工が始まっている。タイの玄関口である「スワナプーム国際空港」のスワナプームは「黄金の地」という意味で、かつてタイは自国をそのように呼んでいた時代もある。
その後産出量は激減し、第2次世界大戦後は断続的に採掘が行われているものの、純金のインゴットは輸入に頼っている。今も20の県(22県説と30県説もある)で地下に金が眠っているとされるが、タイ政府は採掘を認めていない状態だ。
タイ国内で流通するゴールドは主にオーストラリア、アフリカ、スイスから輸入されたものだ。タイには「金行協会」があり、ここに加盟して輸入業者としての許可証を得られれば、無税で「金」を輸入することができる。
同協会の会長によると、「近年の年間輸入量は最大で200トンほどでしたが、タイ国内で流通するゴールドはすでに輸入されたものを再加工したリサイクルが大半です」という。
タイでは純粋に資産として保有する場合、富裕層はインゴットを自宅などに保管するが、一般市民はファッションを兼ねて加工品を購入する。加工品は主にネックレスや指輪、小物などで、純金でなく23K(23カラット、23金)、つまり純度96.5%になっている。インゴットは23Kと24K(純金。純度99.99%)となる。
先の欧米人投資コンサルが懸念するニセモノには、23Kと謳いながら22K(純度90%)、あるいは18K(同75%)の製品や、別の金属に金メッキをしたもの、インゴットの芯に金属を使用したものなどがある。
金行協会に加盟している業者がニセモノを扱うことはないが、個人商店ではそういったものを掴まされる可能性がある。しかし、個人商店でも純度を偽っていなければ合法で、タイの警察が取り締まるのは難しい。また、国際的には22Kの純度は91.6%のところ、タイでは90%以上なら22Kと呼んでいい。こういった慣習の違いもタイの金製品の信頼性が低い事情になる。
タイで流通する「金」が信用されない理由はもうひとつ大きな事情がある。それは、タイ国内には国際的に認証された「金」の純度や品質保証をする組織がないことだ。国際的には純金を保証・認定するのは「ロンドン貴金属市場協会(LBMA)」になる。本来はロンドンの専門市場で売買されるインゴットなどを監督する専門業者団体だが、英国は金取引の中心でもあることから、世界中の金業者がLBMAが保証した純金を売買する。
タイは輸入時こそ認定の純金だが、その後23Kに加工をしてしまう。そのため、タイでは金行各行が自ら品質確認を行って刻印を打つことで保証する。小さな金行はさらに信頼性が低下し、タイでは大手金行で金製品を買うことが重要になる。そして、その大手は基本的にはバンコクの中華街ヤワラーにしかないという面倒がある。
ちなみに、タイではゴールドの重さは「バーツ」という単位になる。タイの通貨も同じ呼称でややこしいが、「金」の単位は漢字で「銖(しゅ)」と書く。元々タイ国内の金行は中国からの移民が、1800年代に形成され始めたバンコクの中華街で始めたものが広まっている。そのため、「金」の重さは中国の古い重さの単位を使う。中国では1両が37.3グラム(諸説あり)で、すなわち24銖。1銖あたり1.554グラムになる。タイの1バーツは15.2グラムだ(正確には金地金とアクセサリーで重さは違う)。
加工品は主に店内やアウトソーシングで行われる。インゴットもバーツ(重さ)に合わせて加工される
世界市場では「トロイオンス(約31.1035グラム)」で相場が提示されるが、タイはその世界相場に対してバーツ(重さ)単位に換算し、タイ・バーツ(通貨)で表示する。そのため、ドル建て価格からタイ・バーツ換算されるため、やや為替リスクが伴うのもデメリットだろう。
先述したように、タイ人の間でも「金」を資産として保有する時代はもう昔の話になりつつある。というよりも、「金製品」自体への関心が減っているのだ。
一般層は高値安定しているという相場もあるが、金アクセサリーを身につけることが「ダサい」という風潮が強くなってきたことが原因だと、複数の金行経営者が言う。15年前くらいであれば、金製品をじゃらじゃら身につけた成金ファッションは普通だったが、SNSの発達で服装や考え方がワールドスタンダードになりつつある今、世代に関係なく「金ファッションはダサい」とされ、金離れが続いているのだ。
3大金行のひとつで、金行協会会長が経営する「シンフアヘン」
そのため、金行もいまやどこも商戦に苦労している。そもそも金行は金行協会加盟店が全土に7000店舗ほどあるが、金相場をタイ・バーツ建てに換算した金行協会発表のレートで売買している。彼らが得られる利益は加工品の加工賃、もしくはインゴットの販売手数料程度しかない。加工賃もバーツ(重さ)あたりで高くても500バーツほど。つまり1500円程度しか利益がない。
金行大手の本店はすべてバンコクの中華街ヤワラーにあるが、この街は古いだけの、生活習慣やビジネス手法も時代遅れな場所だった。タイの金行業界はただでさえ売れなくなっているにも関わらず、すべてが後手後手で、華僑にしてはスピード感のないビジネス展開をしてきた。