洞窟救出で明らかになったタイの「無国籍」者が生まれる経緯。そして無国籍状態が生み出す悲劇

都市部では貧困による無国籍のスパイラルも

 実はバンコクにも無国籍者はいる。タイ最大のスラム街とされるクロントーイ・スラムは、数十年前にタイ最大の港であるクロントーイ港の日雇いを目当てにやってきた地方出身者が港湾施設の空き地を不法占拠する形で誕生した。ここにも無国籍者が多かった。

タイ最大のスラム街、クロントーイ・スラムの中。近年では国籍取得が進んでいる

 以前は戸籍などがオンライン化されていなかった。筆者の長女は今年12歳だが、その出生時でさえ妻の出身地であるタイ東北地方の役所に行かなければならなかったほどである。スラム住民は子供が生まれても、交通費がなくて出生届を出しに行けない。そうしてほったらかしにしたままの状態が2代目3代目と続いて、無国籍が深刻な状態になる。  スラムは教育やほかの社会福祉サービスなどなにもなかったため、貧困のスパイラルが無国籍者を生み出してきた。このバンコクの無国籍者に関しては慈善団体の「プラティープ財団」などが中心になり、家系を辿るなどの支援が行われ、徐々にバンコクの無国籍者は減りつつはある。

新しい世代は変わりつつある

 タイの無国籍問題は、北部の山岳民族が差別あるいは生活習慣で出生届を出すことを知らなかったケースであれ、バンコクのように貧困による教育の不足などで出生届の重要性を理解していなかったケースであれ、結局のところ、父母が子の出生時に出生届を出さなかったことが元凶となる。  そういったトラブルを避ける意味もあってか、近年、タイの病院では出生時に病院の事務が出生届を代行してくれ、母子の退院時に出生証明書も渡してくれる。最近は自宅出産が減っているので、自ずと無国籍の子どもも少なくなった。山岳民族であっても車やバイクで病院まで行ける。スラムではタイの政情不安の原因でもあるタークシン・チナワット元首相の貧困層向けの保険によって病院で出産できるようになり、新しい世代は生まれたときからタイ国籍になる。

バンコクで物乞いをするカンボジア人不法入国者。子は無国籍だという

 洞窟を生き延びた無国籍の少年らの境遇は不明だが、彼らが国籍を持てなかった原因は、これらの事情を踏まえると「親が出生届けを出し忘れていた」、「親も国籍がないために出生届を出せなかった」、「親が出生届の存在を知らなかった」のいずれかになるだろう。  日本では考えられないが、親に無国籍の状態がどんな問題を引き起こすのかの理解力が足りなかったのは間違いない。無国籍では社会保障サービスなどは一切受けられないし、ケースによっては不法滞在扱いで警察などに拘留されることになる。少年らのケースは滞在が認められていたようだが、他県への移動などは困難だったようだ。  タイ政府は今回の洞窟事故が世界中に知れ渡ってしまったことで行政側が主体になって国籍付与に動いているが、かなり異例なことではある。これまでは行政側は無国籍者を管理はしていたはずだが、国籍取得を推奨してもいなかった。もし少年らが自ら国籍取得に動く場合、興信所並みに家系を遡ってタイで生まれたことを証明しなければならない。先の「プラティープ財団」でもひとりの国籍取得支援をする場合に莫大な時間と労力がかかっているという。
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配偶者が無国籍だった故に日本人男性の身に起きた悲劇
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