ジャーナリスト同士が火花を散らすオウム事件「真相」論争の行方

「真相」をめぐる論戦の陣営構造

 森氏や「真相究明の会」への批判の直接の理由は、「事実と違う」というものだが、批判する側には付随して別の危惧もあった。上記の発言の中で滝本弁護士が指摘しているように、不当なプロセスで麻原が処刑されたという歴史観が、サリン事件すらも国家の陰謀と信じ続けているアレフの自己正当化に利用される、という危惧だ。  もともと、アレフを離れた麻原の三女・アーチャリーこと松本麗華氏も、「真相究明の会」と同じ主張を繰り広げ、同様の批判と危惧の対象となっていた。同会の設立記者会見の会場にも三女が来て、会見開始前に登壇者と話し込んだり、会見後に同会の打ち合わせに参加していたとみられることから、「真相究明の会」が三女と深い関わりを持っていながらその事実を隠している点も批判された。  死刑執行当日には、同会の呼びかけ人の1人である宮台真司氏がTBSラジオ「荒川強啓デイ・キャッチ!」内で、こう語った。 〈死刑執行に疑義を唱えるっていうね、真相究明の会というのを、三女のアーチャリーさん達と一緒に立ち上げてね、色々イベントやって来たわけですね〉  同会はやはり、三女が関与する会だった。  ややこしくなってきたので、「真相」をめぐる論争の陣営構造を整理してみよう(敬称略)。 国家の陰謀派:アレフ 真相不明派:森達也、真相究明の会、松本麗華 すでに解明された派:江川紹子、滝本太郎(※)、青沼陽一郎、山口貴士(※)、筆者(※)  真相不明派を批判する陣営のうち、滝本氏、青沼氏に、カルト問題を長年取材するジャーナリストの藤田庄市氏を加えた3氏は2011年、森氏の『A3』が講談社ノンフィクション賞に決定した際、講談社に抗議書を送り記者会見を開いた。オウム事件を麻原が首謀したのではなく「弟子の暴走」によるものとする『A3』の内容が事実と異なるというのが、彼らの主張だ。  このとき、このとき、日本脱カルト協会(JSCPR)も同じく講談社に抗議書を送り、西田公昭代表理事や山口貴士弁護士が3氏とともに記者会見を行った。上記の陣営リスト中、「※」印がついているのは、そのJSCPRの関係者だ。  JSCPRは今年3月、麻原の死刑執行については見解を示さず、ほかの12人については執行回避を求める要望書を上川陽子法務大臣に提出し、会見を行った。裁判で明らかになった事件そのものの経緯とは別に、〈日本の制度の中では、私がいくら望んでも、そうそう簡単に彼らに接見し調査することができずにいました。このまま終わってしまうと、現在世界を悩ます宗教的テロリズムという問題についての重要な調査ができないのは学術的に大変損害〉(西田代表理事)、〈同じような事件を起こさせないためにも、死ぬまで反省し、その考えを反芻して、ときに発表してもらう必要がある〉(滝本弁護士)というのが理由だ。  またこの記者会見については、三女に〈彼女のような2世信者というのは大変複雑な心情であるということも理解していただきつつ、今後、そういった人たちに与える影響も含めて、カルト問題の複雑さを理解してもらう必要があります〉と語った西田氏に対して、三女が「2世信者」との言葉は差別ではないのかとする質問書を内容証明郵便で送りつけた。  このように、死刑執行前からこれら陣営の間で様々な論争や小競り合いが繰り広げられてきた経緯がある。  ただし注意したいのは、森氏らを批判する側も、決してオウム事件・問題をめぐって全てが究明されたなどとは主張していない点だ。飽くまでも森氏が主張するような「真相」はすでに究明されているとしているに過ぎない。前述のJSCPRが3月に行った法務大臣への申し入れと記者会見でも、裁判上の視点とは別に、12人の弟子たちが犯行に至った内面的な過程や組織との影響関係、自らの誤りに気づき反省するに至った過程等を研究すべしという意味での「真相究明」を訴えている。
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遺骨争奪戦にも波及
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