ファルコン・ヘヴィの打ち上げ (C) SpaceX
こうしたことから見えてくるのは、スペースXのたしかな、そしてしたたかな戦略である。
これまで多くのロケットは、打ち上げる衛星に合わせてブースター(小さなロケット)をつけたり外したりし、打ち上げ能力を調整して提供してきた。しかしスペースXは、あくまで“ロケット本位”で、低コスト化を目指すことを最優先にしている。しかし、その取り組みは顧客である衛星側に制限や制約を与えていないばかりか、打ち上げ価格も低減できる可能性があるぶん、むしろ衛星側にとってメリットにもなる。
今回の契約額の1億3000万ドルという数字は、過去にULAが米空軍相手に取ってきた契約額よりも5000万ドルほど安く、おそらく今回も、入札においてスペースXに太刀打ちできなかったと考えられる。
また、スペースXは、ファルコン・ヘヴィを最大限回収・再使用した場合の価格は9000万ドルだと公表している。この数字が正しければ、スペースXはULAに対して圧倒的な低価格で落札できた上に、決して採算度外視だったわけではなく、十分な利益も上げられたということになる。
「ULAはこれほど安い金額では入札できないだろう」という読みと、それをもとにしたほどほどに低い金額での入札、そして、それでもなお大きな利益を上げられるファルコン・ヘヴィの稀有な能力と低価格が、すべてうまくはまった結果である。
一方、この戦略に破れた形となったULAも負けてはいない。同社は現在、ファルコン9やファルコン・ヘヴィに対抗できる新型ロケット「ヴァルカン」を開発しており、2020年の初打ち上げ、その数年後の軍事衛星の打ち上げ認可の取得を目指している。
しかし、この一連の流れで一番得をしたのは、他ならぬ米空軍だろう。
もともと、米軍の軍事衛星の打ち上げはULAが独占していたが、米空軍が行った審査と認可を経て、2015年からスペースXも参入したという経緯がある。以来、スペースXは次々と軍事衛星の打ち上げを受注し、打ち上げもこなしているが、その背景には、ULAとスペースXで競争を起こしてコストを低減することや、どちらかがロケットの打ち上げに失敗するなどした際の保険(たとえばファルコン9が失敗してもULAのロケットは使える)といった狙いがある。
今回、2月に初めて打ち上げられたばかりのロケットを採用したところからは、米空軍がスペースXに期待をかけていること、そして同社によるロケットの低コスト化を目指した運用方法に理解を示しているばかりか、歓迎すべきものとさえ捉えていることが伺える。
さらに、スペースXに負けじとULAが新たなロケットの開発に挑んでいることは、業界全体での打ち上げコストの低減と、複数のロケットを維持するという米空軍の狙いどおりに物事が進んでいることを意味している。
そして同時に、スペースXもULAも、さらに新しいロケットを研究・開発するきっかけになり、軍事衛星以外の衛星打ち上げによるビジネスでの競争力強化にもつながるなど、ロケット産業全体に大きなメリットを与えている。
さらに、NASAの宇宙船や科学衛星打ち上げの確実性の向上など、米国の宇宙分野における国際的なプレゼンスの拡大にもつながっているのである。
<文/鳥嶋真也>
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。著書に『
イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイト:
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Twitter: @Kosmograd_Info(
https://twitter.com/Kosmograd_Info)
【参考】
・Air Force Awards AFSPC-52 Launch Services Contract to SpaceX > Los Angeles Air Force Base > Article Display(
http://www.losangeles.af.mil/News/Article-Display/Article/1557227/air-force-awards-afspc-52-launch-services-contract-to-spacex/)
・Falcon Heavy | SpaceX(
http://www.spacex.com/falcon-heavy)
・Capabilities & Services | SpaceX(
http://www.spacex.com/about/capabilities)
・U.S. Air Force certifies Falcon Heavy rocket, awards launch contract – Spaceflight Now(
https://spaceflightnow.com/2018/06/26/u-s-air-force-certifies-falcon-heavy-rocket-awards-launch-contract/)
・SpaceX wins $130 million military launch contract for Falcon Heavy – SpaceNews.com(
http://spacenews.com/spacex-wins-130-million-military-launch-contract-for-falcon-heavy/)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。
Webサイト:
КОСМОГРАД
Twitter:
@Kosmograd_Info