筆者は潜水士の資格を有している。20年も前に取得したのだが、今でも講習会のベテランダイバーの逸話を憶えている。
それは発電所の排水管の清掃の話だった。大量の温水を海に排するので、管は人が入れるほど大きい。つまり洞窟みたいなものだ。清掃時は安全のため照明はもちろん、数m(たしか3mと言ってた)ごとに予備の酸素タンクも置いておくのだという。しかし、
それでも死者が出るのだとか。
しかも、人が中に入ると呼吸の泡が管の天井につき、汚れが雨のように落ちてくる。すると視界がゼロになり、酸素が少なくなると
プロでもパニックを起こし、たった3mほどの先にある予備タンクに辿り着けなくなるのだ。
中部の洞窟は観光化されていたが、中は外よりも蒸し暑くて酷かった
メディアでは南国の海の美しい洞窟映像があるが、あれだって簡単ではない。それなのに
視界ゼロの洞窟の水を初心者が入っていけるのか。特にタイの洞窟は観光名所であってもほとんど自然のままになっていることが多い。水がなく、歩いて行くだけでも難儀なところを泳ぐというのは相当なことである。
このように、このケースはいまだ一般のタイ人が思っているほど事態は簡単なことではないのである。
困難な状況にあるものの、現状としては少年たちが泳いで帰ってくる以外に策がないようにも思える。タイでは公立校だとプールがない学校も多く、
泳げない人もタイには結構多いのも問題だが、幸いにもサッカー少年たちだ。運動神経は悪くないだろう。
また、実際の環境は不明だが、タイの洞窟は先にも述べたように自然のままであるし、場所によっては湿度と温度が高く、ただ座っているだけでも苦しくなる場所もある。そんな過酷な環境に10日もいて、あれほど明るい姿を見せてくれたのだから、きっと少年らも乗り越えられるのではないか。
こういうときのタイ人の結束力は目を瞠るものがある。行方不明から2日後にはすでに全土で注目されるようになり、今もおそらくボランティアや物資が続々と集まっているはずだ。具体的になにかするかしないかは別にして、「なんとしても救出する」という気概が全国民にあると言っても過言ではない。困難は終わっていないが、高確率で全員が生還するだろう。
タイの洞窟は神聖な場所として参拝場所にもなる。事件のあったルアン洞窟も神聖なスポットだったようだ
そもそも、なぜ彼らは洞窟に入ってしまったのか。タイの報道では、メンバーの誕生祝いの余興だったということで、そのため、多少の食料があり生き延びたのだという。
日本なら、責任が誰にあるのか、ということになるだろうが、おそらくタイではその話にはならないと筆者は見ている。発見時の記者会見の明るさもそうだったし、国民性としか言いようがない。洞窟には見張りなどもいなかったようで、国の管理責任は問われてしまうかもしれないが、
少なくともコーチが責められることはないだろう。
むしろ今コーチは子どもたちを守った人物であり、少年らは秩序を保って耐えたというヒーローのような扱いだ。コーチの功績と少年らのタフさに国民が感動して、来年あたりハッピーエンドの映画になるのではないかとさえ筆者は見ている。そしてそうあってほしいと願っている。
<取材・文・撮影/高田胤臣(Twitter ID:
@NatureNENEAM)>
たかだたねおみ●タイ在住のライター。6月17日に近著『
バンコクアソビ』(イースト・プレス)が発売