総力戦と精神総動員によって目指す目標は
「本音の国家方針」と「建前の国家方針」との併存状態に決着をつける「総決算」です。戦後の日本では、自民党・官僚・財界による国家を重視する「本音の国家方針」と、日本国憲法による個人を重視する「建前の国家方針」が併存してきました。安倍政権は、経済低迷や人口減少、国力の相対的低下等の「国難」に対処するため、対処への
制約要件となっている「建前の国家方針」を骨抜きすることを企図しています。
「総決算」を企図する安倍政権に対し、日本に関係するすべての人々は、
無関心であることは可能でも、無関係であることはできません。なぜならば、憲法という建前、かつそれなりに法制度が整備されてきた国家方針の全面的転換を最終的な目標としているからです。また「総決算」の過程で、違法性や道義性を問われることがあっても、看過されるべきで、逆にそれを制約する法や批判の方を問題視します。むしろ「英雄色を好む」的なことは、支持者から好感を得られる傾向もあります。
安倍政権は、自民党にとっても「総決算」です。自民党は1955年、自由党と日本民主党の合同で誕生しました。岸信介率いる岸派が主流だった日本民主党の目標は、自主憲法の制定でした。また、かつての自民党の考え方には、一定の幅がありましたが、現在はおおむね安倍支持一色で、岸派的潮流に純化されています。憲法9条の改正というかたちで、結党以来の「総決算」を迎えつつあります。
自民党の人材輩出システムでも「総決算」です。必ずしも祖父・父等の政治思想を継いではいるわけではありませんが、現在の安倍内閣だけ見ても、岸信介の孫(安倍首相)、吉田茂の孫(麻生副総理)、河野一郎の孫(河野外相)、鈴木善幸の息子(鈴木五輪相)、野田卯一の娘(野田総務相)、林義郎の息子(林文科相)、加藤六月の娘婿(加藤厚労相)、世耕弘一の孫(世耕経産相)、原文兵衛の娘婿(中川環境相)、小此木彦三郎の息子(小此木防災相)、梶山静六の息子(梶山行革相)などと、
歴代自民党政治家の血筋が支えています。
安倍政権は、自民党(国家・財界・米国の重視)、官僚(国家・官権・社会統制の強化)、財界(垂直統合強化・国家経済への統合)による、経済低迷、人口減少、国際影響力の相対的低下等の「国難」を打ち破ろうと「総力戦」と「精神総動員」を展開しています。政権の「総力戦」と「精神総動員」の制約になっているのが、異を唱える近隣諸国・野党・市民・メディア、そして憲法と諸制度です。そのため、
異を唱える「反日勢力」に勝利することと、憲法改正によって自民党政権の本音の国家方針を名実ともに確立する「総決算」を目標としています。
そして、有権者からすれば、国家方針について次のA~Cの選択肢が、目の前に提示されていることになります。安倍政権は、どの国家方針を選択するのか、有権者に迫りつつあります。
A:国家重視という本音の国家方針に合わせ、建前の国家方針の憲法を変更する。
B:引き続き政権の本音の国家方針と憲法という建前の国家方針を併存させる。
C:個人重視の憲法という建前の国家方針に合わせ、政権の本音の国家方針を変える。
<文/田中信一郎>
たなかしんいちろう●千葉商科大学特別客員准教授、博士(政治学)。著書に『国会質問制度の研究~質問主意書1890-2007』(日本出版ネットワーク)。国会・行政に関する解説をわかりやすい言葉でツイートしている。Twitter ID/
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