「建国200周年記念式典にカナダのロックバンドを呼びたい!」
選挙集会で妻と子どもとともに登壇したアルバラード氏
続いてアルバラード氏は環境問題に言及。コスタリカはパリ協定の締結に裏方として尽力した。環境政策に力をいれる国にとっては、それは周知の事実だ。その前置きののち、コスタリカの生物多様性に関する研究を、カナダのリソースを使って進めないかとアルバラード氏は提案した。その誘い方がまた軽妙だ。「カナダの冬は寒いですよね。コスタリカのトロピカルな気候を楽しみながら研究できますよ」とジョークと飛ばしたのだ。
と、ここでアルバラード氏は話題を突然変える。「ところで私が最も好きなバンドはカナダ出身なんです。ラッシュというんですが……」。ちょっと面食らった様子だったトルドゥー首相も、「ああ、クラシック・ロック・バンドのラッシュですね。何度か会ったことがありますよ。それは今度もっと話しましょう」と返した。
すると、アルバラード氏は「私の代でコスタリカは建国200周年を迎えるんです。首相とともにラッシュもご招待したいですね」と仰天提案。これにはトルドゥー首相も「ラッシュのメンバーも、あなたの美しい国を訪れることができればきっと喜ぶでしょう」と笑うしかなかった。
間髪入れず、アルバラード氏は「そこで私たちの国や世界に関わる重要課題を議論しましょう」と追撃。非公式ながら、早くも対面での首脳会談の約束を取り付けた。
実は、アルバラード氏はクラシック・ロックよりプログレやオルタナティブ・ロックのほうが好みのようで、選挙期間中に「最初に買ったCDはニルヴァーナ(米国のバンド)だった」と告白している。多分にリップサービスが入っているのだろうが、38歳とは思えない如才なさだ。
支援者とのセルフィー撮影に気さくに応えるアルバラード氏。イメージ戦略はバッチリだ
どんなリーダーにとっても、政権をうまく始動させるために行なう就任前の話題作りは重要だ。コスタリカの次期大統領は、世界で最も注目されるリーダーの一人であるカナダのトルドゥー首相を対話相手として選んだ。もちろん、他の首脳とも対話しているはずだが、少なくとも世間にはそう見えるような演出をした。これには重要な意味がある。
カナダは、人権や環境などの分野におけるフロントランナーというイメージが強い。中でもトルドゥー首相のリーダーシップには世界中が注目している。その相手との協調姿勢と友好関係をアピールすることで、アルバラード氏が大統領任期中の4年間にどのような国づくりを目指すのか、世界でどのような位置を占めようとしているのか、国内外に発信した形となった。
国内で重要課題となっているジェンダー問題に踏み込み、環境分野では他国の力をちゃっかり借りつつ相変わらず世界でリーダーシップを取る。それを明らかにすることが、アルバラード氏の「就任前戦略」だったということだ。
しかもその会話を映像で公開したことで、一連の政策をオープンに進めるという姿勢も示した格好となった。特に、拙著『丸腰国家』でも紹介したように、コスタリカはジェンダー問題に関しては様々な問題を抱えている。カナダ首相の手(声)を借りて、同性婚に反対する勢力に対して「先制パンチ」を食らわせたわけだ。世界で人気のトルドゥー首相とのオープンなやりとりには反対しにくいことも、当然計算に入っていることだろう。
実際、この映像はすでに23万回以上再生され、多くのコスタリカ国民が視聴している。トルドゥー首相にとっても、環境や人権などの分野で世界をリードするコスタリカとの友好関係をアピールすることはプラスになる。
双方の利益が一致した「オープン会談」。国内・国際政治に新たなやり手の若手プレーヤーが誕生したことを見せつける映像だといえよう。
<文・写真/足立力也>
コスタリカ研究者。著書に
『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略~』(扶桑社新書)など。コスタリカツアー(年1~2回)では企画から通訳、ガイドも務める。