工事が始まる前の「平和の森公園」。広々とした気持ちのよい草地や奥の森は貴重なオアシス。この草地広場には300mトラックや照明塔が建設される
東京・中野区の「平和の森公園」は、戦後の米軍接収から中野刑務所を経て、区と住民の連携による払い下げ運動の成果として手に入れた、住民ゆかりの公園だ。2万5000本余りの樹々は猛暑の日差しをさえぎり、水辺にはカワセミが訪れ、ザリガニ釣りもできる。広々とした草地広場はシニア層や子どもたちにも貴重な場所となっている。発掘調査では、弥生時代、縄文時代、古墳時代の住居址や土器が多数出土している。
そんな平和の森公園で今、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて体育館や陸上競技場の建設、野球場の拡幅といった再開発計画が進められている。そして、そのために公園内の樹木約2万5000本のうち1万7787本が伐採されようとしているのだ。
区は「伐採しない」と言っていたはずが「樹木1万7787本を伐採」に変更
平和の森公園は広さ5万4700平方メートル。公園は大きく2つに分かれ、野球場と散策路のある多目的広場と1万1600平方mの草地広場が広がる。一人当たりの公園面積が東京23区で2番目に少ない中野区の住民にとって、大切な憩いの場になっている。
中野区による公園整備構想案が持ち上がったのは2015年4月。当初は、体育館・少年野球場・陸上トラックを建設するにあたって「樹木伐採はせず、移植も極力しない」という設計だった。ところが区の整備計画は変更に変更を重ねることになる。
結局、少年野球場はナイター設備を備えた大人用野球場になり、小さい子どもが安心して遊べる草地広場にはコンクリート製のすべり台、その近くにバーベキューサイトが追加で設置されることになった。その結果、中高木251本を含む1万7787本の樹木を伐採し、絶滅危惧種アズマヒキガエルなどが生息する水辺を工事することになり、当初55億円だった工事予算は108億円にまで膨らんだ。
「中野区にある大人用野球場は、すでに平和の森公園からそう遠くない哲学堂公園と上高田で計4面があります。もうこれ以上つくる必要はないでしょう」
「緑とひろばの平和の森を守る会」(以下、守る会)代表世話人の杉英夫さんは怒りを隠さない。
「すでにある球場には照明も敷設されており、利用率は6割程度。アンケート結果でも皆が『必要ない』と言っています。税金を無駄遣いして環境破壊することに、まったく同意できません」
杉さんは同公園近くの平和の森小学校の卒業生で、公園とともに戦後を歩んできたうちの一人だ。
「この辺りは高齢化が進んでいて、シニア層が公園の東屋に毎朝集まって歓談するのを楽しみにしています。この計画で東屋が壊されると、高齢者たちの行き場が奪われてしまう」
行き場を失うのはシニア層だけではない。4歳と2歳の子どもをもつA子さんは「下の子が保育園に入れず途方にくれていた時、唯一の育児場所だった児童館も閉鎖されることが決まりました。そのうえ平和の森公園の環境までなくなってしまったら、本当に行き場がなくなってしまう」と心痛の面持ちだ。
しかし1月15日、平和の森公園の樹木伐採は始まった。チェーンソーが木を切りつける音が響くと、見守る住民たちからは嗚咽の声が漏れた。