大谷メジャー移籍で見えた、“世界一強い労働組合”のスゴイ交渉術

MLB選手会のハードな交渉術

 MLB選手会のハードな交渉手法は米国では珍しいものではなく、そのノウハウは、ハーバード・ロースクール教授ロバート・H・ムヌーキン氏らによるビジネス交渉術の書籍『ビヨンド・ウィニング』には例えば次のように書かれている。 ① 非常に極端な要求をまず提示する。カウンターオファーを受けたら、時間を置いてごくわずかに譲歩する。 ② 交渉の余地がない一方的な言い回しを使い、譲歩を迫る。 ③ 徐々に要求を強めて相手を追い詰め、折れるのを待つ。 ④ 複数人数でチームを作り交渉する場合、誰か1人にソフトな交渉をする役回りをさせ、結局は強引な交渉に持っていく。  上記①で示したテクニックはまさに、選手会が申請期間の交渉に使った手法そのものだ。同書にはこうした強気な相手と交渉する際の対抗策も示しており、例えばほとんど交渉の余地がない厳しい要求を突き付けられても相手に飲まれることなく冷静に両者のニーズをできる限り反映したカウンターオファーをする。交渉相手から譲歩を迫られても折れず、オファーとカウンターオファーの交換を繰り返し続けていくことが大事。相手がどんなに強硬でも折れず、辛抱強く交渉することを説いている。

そして決まった新ポスティングシステム

 ちなみに日米間のポスティングシステムとはどのようなルールかというと、今年10月31日まで使われていた旧制度は、日本の球団が11月1日から翌2月1日までの間に選手にポスティングシステムによる移籍を許可すると、まず日本の球団が上限2000万ドルの譲渡金を設定し、NPBからMLBへ、さらにメジャー30球団にその選手の移籍が公示され移籍交渉がスタートし、30日間の交渉期限内に選手がメジャー球団と契約を結ぶ。合意すれば移籍が成立し、日本の球団に譲渡金が支払われ、合意に至らなければ選手は日本の球団に残留し球団は譲渡金が入らないという仕組みだった。  来季から適用される新制度は、ポスティングシステムによる移籍の公示は11月1日から12月5日までに行われなければならず、日本の球団に入る譲渡金は選手がメジャー球団と結んだ契約によって決まる変動制となる。契約金が2500万ドルまでは譲渡金20%、2500万ドルを超え5000万ドルまでは17.5%、5000万ドルを超えると15%、選手が25歳以下でマイナー契約しか結べない場合は譲渡金25%だ。  NPBとMLB間で基本合意していたルールでは、選手の契約金が予想より低く譲渡金があまりにも少ない場合は移籍を取り消せることになっていたようだが、メジャー選手会がこれに強く反対し、取り消せないルールとなった。その代わり、選手の契約金に応じて入る譲渡金の割合が細かい変動型になったという。  選手とメジャー球団の交渉期間は新制度でも30日間と変わらないが、大谷の場合は特別措置が取られ、今オフに限り旧制度の譲渡金2000万ドルを上限として日本の球団が設定できるシステムを継続することに決まった代わりに、MLB選手会が他のFA選手に影響が及ぶからという理由で交渉期間が21日と短縮された。今回のポスティングシステムにおける交渉で、選手会がいかに影響力を発揮したかがわかる。 <取材・文/水次祥子 Twitter ID:@mizutsugi> みずつぎしょうこ●ニューヨーク大学でジャーナリズムを学び、現在もニューヨークを拠点に取材執筆活動を行う。主な著書に『格下婚のススメ』(CCCメディアハウス)、『シンデレラは40歳。~アラフォー世代の結婚の選択~』(扶桑社文庫)、『野茂、イチローはメジャーで何を見たか』(アドレナライズ)など。(「水次祥子official site」)
みずつぎしょうこ●ニューヨーク大学でジャーナリズムを学び、現在もニューヨークを拠点に取材執筆活動を行う。主な著書に『格下婚のススメ』(CCCメディアハウス)、『シンデレラは40歳。~アラフォー世代の結婚の選択~』(扶桑社文庫)、『野茂、イチローはメジャーで何を見たか』(アドレナライズ)など。(「水次祥子official site」) Twitter ID:@mizutsugi
1
2