国友やすゆき、引退を決意? 男の欲望を描き続けたその作風とは

ポストバブルの諸問題を予見した『100億の男』

 1991年にバブルが崩壊すると、缶コーヒーのジョージアによる「やすらぎキャンペーン」が社会現象化するなど、<癒し>ブームが急速に日本を覆っていく。国友はまだ『JUNK BOY』路線の快活な仕事漫画を描き続けていたけれど、読者の支持を得られなかったという。  時代とズレたことに気付いた彼は、あるとき編集者から「100億の借金を抱えた男を描いたらどうか」と持ちかけられる。そうして生まれたのが『100億の男』だった。1994年から1996年まで連載された本作は、終身雇用と年功序列に守られた時代の終焉を見越し、不安に駆られたサラリーマンたちの指針となった。  最初は暢気なサラリーマンが、ある日突然巨額の借金を背負うことで会社をクビになり、シビアなビジネスの現場に放り込まれる。彼は生き残るため、戦場のような環境に適応し、「ビジネス戦鬼」と化していく。容赦なくライバルたちを地獄に落としていく展開で、癒しとは真逆の力強い生命力が滾っている。  新自由主義的な競争原理に支配されるポストバブルのサバイバル状況に、本作は他のどのコンテンツよりも早く深く感応した。銀行の破たん、若い起業家による企業買収、拝金主義、グローバル化、中国の影。のちに表面化する諸問題が、ここには全て詰め込まれている。

中年男の煩悩曼陀羅『幸せの時間』

 国友の代表作としてもっとも記憶に新しいのは、2012年に田中美奈子主演でテレビドラマ化された『幸せの時間』だろう。大胆な性描写がスキャンダラスな話題を振りまき、昼ドラとしては異例の視聴率10%越えを果たしている。  この漫画の連載が始まったのは1997年。当時、国友は既に44歳で、エネルギッシュな若いサラリーマンの漫画を描き続けることに違和感を覚えていたという。そんな時に編集者が持ち掛けた創作モチーフが、山田太一のドラマ『岸辺のアルバム』だった。  一見、幸せそうな戦後核家族の崩壊を喝破した1977年の名作を、国友はかなり忠実にトレースしてみせた。郊外にローンで一戸建てを買った42歳の主人公は、ふとした出来心で不倫を始めてしまう。その後は自らの煩悩に振り回され、仕事でも家庭でも嘘を重ねて、じわじわとダメになっていく。  主人公の自業自得なのに、中年読者としては、彼を100%責める気分にはどうしてもなれない。本作は、中年というライフステージに潜む精神的脆さを描き続け、続編『新・幸せの時間』も2005年から2014年まで連載されている。それはまるで、親子2世代にわたる煩悩の曼陀羅だ。
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欲望のスキャナーとしての国友漫画
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