奈良の街に潜む社会問題――解決のカギは「元・百貨店」と「元・刑務所」にあり!

「泊まられない都市」奈良市、県内客室数は「全国最下位」

 奈良市が抱えるもう1つの大きな問題が「宿泊施設の不足」だ。  実は、奈良県は多くの観光地を抱えていながら、2016年の都道府県別延べ宿泊者数では47都道府県中46位(最下位は徳島県)、客室数に至っては最下位の47位。とくに、県都である奈良市は京都や大阪から私鉄電車で1本、1時間もかからない距離であり、その交通の便利さが仇となって遠方からの旅行客やビジネス客はそれらの大都市内に泊まることが多いのだ。  そもそも、奈良市中心部は歴史都市ゆえに高さ制限が非常に厳しく、低層建築しか建てられないとなると宿泊施設は採算性が低くなるため大型ホテルがあまり進出してこず、その結果、中心部にあるホテルは比較的古いものや修学旅行客向けのものが中心で、隣県と比較すると魅力的な宿泊施設に乏しいという側面があった。
奈良駅前「東横イン」

建築規制が厳しい奈良市。全国でお馴染みの「東横イン」も奈良駅前ではここまで低層。独特の姿を見せる。

 近年は外国人観光客の増加とともに新たなホテルの進出も起きており、2020年には県内初となる外資系ホテル「JWマリオット奈良」が開業する予定(但し奈良市郊外の旧そごう近く)であるほか、中心部では県主導で奈良公園内へのホテル誘致も検討されているが、まだまだ多様な宿泊ニーズに対応できているとは言い難い状況だ。
図:都道府県別の延べ宿泊者数(2016年1月~12月)

図:都道府県別の延べ宿泊者数(2016年1月~12月)
国土交通省観光庁調査による。関西圏では大阪、京都、兵庫に比べて奈良の低さが目立つ

再生のカギは「商業」+「宿泊」+α

 旧そごうと旧奈良監獄は、ともに奈良市中心部からは約2kmほどの好立地。中心部での大規模開発が難しい奈良市において、両施設は貴重な「中心部に近い大型施設」であり、今後はいずれも奈良市が抱える「観光客向け商業施設(土産品店・飲食店)の不足」と「宿泊施設の不足」を解決する糸口となる複合施設へと改装・リノベーションされる予定となっている。  旧そごうの建物は、今後は2018年春の開業を目指して商業コンサルタント「やまき」(東京都)によってリニューアルされ、「奈良平城プラザ(仮称)」となる予定だ。館内には、地元民向けのスーパーやアパレルショップに加えて、飲食店街や観光客向けの土産品店・銘店を誘致。さらに、高層階には忍者や芝居、金魚など「和をテーマにした体験型の文化紹介施設」や、奈良では数少ない「簡易的な宿泊施設」を誘致することも検討されているという。
「奈良平城プラザ」のフロアプラン(「やまき」社のプレスリリースより)

「奈良平城プラザ」のフロアプラン(「やまき」社のプレスリリースより)

 一方の旧奈良監獄は、施設運営の優先交渉権を獲得した「ソラーレホテルズアンドリゾーツ」により複合商業施設「HISTERRACE奈良」としてリニューアルされることが決まっている。  こちらの館内には「建築行刑史料館」(2019年秋に先行開業予定)、旧監獄棟・独房を改修した「文化財ホテル(仮称)」、新たなホテル増設棟「そらみつ奈良(仮称)」、病監を改修した無印良品ブランドの簡易宿泊型ドミトリー「MUJI HOSTEL(仮称)」、さらに、商業施設、レストラン、カフェバー、温浴施設などが出店する予定で、今後は2020年の全面開業に向けて再整備と耐震補強が行われる。明治期の外観を残す舎房のうち1棟は現状のまま完全保存される予定だ。
「HISTERRACE奈良」のフロア計画(ソラーレホテルズアンドリゾーツのプレスリリースより)

「HISTERRACE奈良」のフロア計画(ソラーレホテルズアンドリゾーツのプレスリリースより)

 観光都市・奈良市で浮彫となっていた「観光客向け商業施設の不足」と「宿泊施設の不足」という2つの社会問題。  時代の変化で役割を終え、放置されればさらなる「社会問題」ともなりかねない元・百貨店と元・刑務所が、それらを解決する大きな切り札となるならば願ってもないことであろう。
旧奈良監獄の廊下

旧奈良監獄の廊下。複合施設となったあとも一部の内装はそのまま保存されるという

 両施設のリノベーションプロジェクトはまだ始まったばかり。先述した通り、「観光客向け商業施設」と「宿泊施設」に加えて、旧そごう跡は「日本や奈良の文化体験施設」を、旧奈良監獄は「奈良監獄に関する展示施設」や「温浴施設」を新たに設けるとしており、これらは従来の「寺社仏閣めぐり」というイメージのみであった奈良観光に対して、エンターテイメント性も兼ね備えた「コト消費」の要素を加えるものであるため、両施設の再活用は地元観光業界からも「既存施設と競合しない新たな集客施設」として大いに期待が寄せられている。 <取材・撮影/淡川 文/若杉優貴(ともに都市商業研究所)> 参考文献 村田武一郎・大森淳平(2010)「奈良観光の評価に関する調査研究 ~奈良・神戸の比較を通じて~」 奈良県立大学研究季報20(2),pp.1-14. 観光庁 編(2017)「宿泊旅行統計調査」国土交通省. 都市商業研究所 若手研究者で作る「商業」と「まちづくり」の研究団体。Webサイト「都商研ニュース」では、研究員の独自取材や各社のプレスリリースなどを基に、商業とまちづくりに興味がある人に対して「都市」と「商業」の動きを分かりやすく解説している。Twitterアカウントは「@toshouken
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