書き入れ時に全店員が休むことを認める、パタゴニアの「企業戦略」

「エシカル(倫理的な)企業」として、日本社会の縮図に正面から関わる

 祭りの最後、当地を描いたドキュメンタリー映画『ほたるの川のまもりびと』が上映された。スクリーンとプロジェクターで即席の野外上映場を設営し、200人を超える人たちが、映し出されるこうばるの人びとの暮らしに観入った。この映画は現在制作が大詰めを迎え、パタゴニアも制作に深く関わっている。

現地の暮らしを描いた『ほたるの川のまもりびと』上映会

 辻井隆之・パタゴニア日本支社長は、昨年秋にこうばるで行われた野外ライヴイベント「WTK」(出演・プロデュース/小林武史氏など)を訪れた。その際、「なぜパタゴニアは石木ダム建設問題に関わるのですか」と尋ねると、辻井支社長から一言で答えが返ってきた。 「石木ダムの問題って、日本社会の縮図だと思うんですよ」  行政の圧力、隅に追いやられる当事者、カネのバラマキによる住民の分断、警察による強制排除……。こうばるがこの半世紀に経験してきたことは、まさに戦後日本社会の縮図のようだ。結果としてコミュニティも環境も破壊され、持続不可能な社会になっていく。持続可能な社会がなければ、企業活動も成り立たないのは自明の理だ。パタゴニアはその命題に正面から取り組むことで、「エシカル(倫理的な)企業」としてのブランドを確立させていこうとしているように見える。

「知っている人は、知っている」。コアな顧客層を増やす経営戦略

 しかし、いくら社会貢献をしても企業経営そのものが成り立たなければ話にならない。それなのに、祭り会場にはパタゴニアを宣伝する媒体がなにひとつ見当たらない。せいぜい、スタッフがロゴの入ったパーカーを着ているくらいだ。

パタゴニア福岡スタッフとこうばるの住民たち

 他のスタッフが説明する。 「これでいいんです。うちは商売柄、山関係の競技イベントに協賛することもよくあるんですが、その際もこれみよがしにバナーなどを掲げたりしません。せいぜい選手がうちのロゴが入った製品を着ているくらいです。いつものことですよ」 「知っている人は知っている」。このイメージづくりは、ブームにはなりにくい代わりに、コアなリピーターとなる顧客層の増加を期待できる。その企業理念に賛同した顧客層は、パタゴニアが提示する社会問題に参加していくようにもなる。そしてさらにコアな顧客へと育っていく。それが循環していくことが、パタゴニアの狙いだ。

「売り上げ?そんなことより、どんな社会変革の成果を出したんだ!?」

 面白いエピソードを、あるスタッフがこっそり耳打ちしてきた。 「アメリカ(本社)から檄が飛んだらしいんですよ。売り上げより、どんな具体的な(社会変革の)成果を出したのか報告してこい!と」  野心的とも言える取り組みは、ともすれば生き馬の目を抜く現代資本主義社会ではリスキーにも映る。そのリスクをかけてでも、「社会的に意味のある活動をしてこそ企業経営」というのがパタゴニアの理念のようだ。  信念を持った企業は強い。業績を伸ばす経営より潰れない経営、という意味では正しい選択かもしれない。その冒険はまだ道半ばだ。もしかしたら後年、「あの頃のパタゴニアが今の日本経済の先駆けだったね」と懐かしむ時代が来るかもしれない。

祭りの帰り道、渋滞する自動車の横ではホタルが舞っていた

<取材・文・撮影/足立力也(コスタリカ研究者。著書に『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略~』など。コスタリカツアー(年1~2回)では企画から通訳、ガイドも務める)>
コスタリカ研究者、平和学・紛争解決学研究者。著書に『丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略~』(扶桑社新書)など。コスタリカツアー(年1~2回)では企画から通訳、ガイドも務める。
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