ニュー・グレンは機体を回収し、再使用することができる Image Credit: Blue Origin
そんなスペースXとタイマンを張ろうとしているブルー・オリジンのニュー・グレンだが、すでに何度も打ち上げられているファルコン9とは違い、ニュー・グレンはまだ存在せず、装備されるロケット・エンジンの本格的な試験がようやく始まろうとしている段階にある。
しかし、幸先は非常に良い。3月7日には、ユーテルサットという会社から衛星の打ち上げを受注したと発表した。ユーテルサットはフランスに本拠地を置く大手の衛星通信会社で、歴史も実績もある老舗である。その会社が、まだ影も形もないロケットを選んだということは、それだけブルー・オリジンという会社やニュー・グレンへの信頼が、今の段階ですでにあるということである。
もちろん、最初の顧客ということでいくらか値引きはあったかもしれないし、あるいは老舗であるがゆえに、ロケット業界を育てるという意味で、あえて新しいロケットを選んだという面もあるかもしれないが、それらは決定的な要因ではないだろう。いくら安価でも、失敗する未来が見えているロケットに高価な衛星を委ねる会社はない。
さらに8日には、地球を約700機の人工衛星で覆い、全世界にインターネットを提供することを目指している「OneWeb」も、衛星打ち上げでブルー・オリジンと契約した。その約700機(最新の情報では900機、さらに2000機を追加する計画もあるという)のうち、約400機を5回に分けて、つまり1回の打ち上げで約80機を同時に打ち上げることになるという。
OneWebの最初の数十機は、ロシアから輸入したロケットを使って打ち上げることが決まっている。また、実はOneWebには、欧州の航空宇宙大手であるエアバスも出資しており、そのエアバスは自前で「アリアン5」という信頼性の高いロケットを運用している。にもかかわらず、それらを差し置いて新進気鋭のニュー・グレンが選ばれた(※参照:
「ソフトバンクが10億ドル出資する宇宙企業「OneWeb」ってなんだ!?」)
これからも受注を取り続けることができるのか、そもそもニュー・グレンの開発が順調に進むのかもまだわからないが、いずれにせよファルコン9はをはじめ、米国の他のロケットや、欧州、そして日本などのロケットにとっても、ニュー・グレンの存在は脅威になりつつある。
ニュー・グレンの肝となるロケット・エンジン。まもなく本格的な試験が始まろうとしている Image Credit: Blue Origin
しかし、ブルー・オリジンの目標は、単なる人工衛星の打ち上げにとどまらず、あくまで人類の宇宙進出にある。
3月2日、ベゾス氏がオーナーを務めるワシントン・ポスト紙は、「ベゾス氏は、将来人類が月で生活するために、Amazonのような宅配サービスを行うことを考えている」とする記事を掲載。その中で、ブルー・オリジンがNASAとトランプ政権に対し、「資金さえあれば、2020年代の中ごろまでに、月へ物資を定期的に送り届けるAmazonのようなサービスを実現できる」と提案。そしてそれにより、月を人類が永住できる場所にしたい、とアピールしたことが報じられた。
また、すでに「ブルー・ムーン」と名付けられた、月輸送船の開発を始めていることも明らかにした。ブルー・ムーンは、ニュー・グレンや他社のロケットで打ち上げが可能で、NASAからの資金提供さえあれば、2020年には開発を終え、打ち上げることが可能になるという。
実は、月を目指しているのはブルー・オリジンだけではない。NASAも他国と共同で、月をまわる軌道に宇宙ステーションを建造する検討を進めている。
またスペースXも、現在は火星への人類の移住に主眼を置いているが、つい先日には、2018年に2人の民間人を月へ打ち上げる計画を発表している(※
参照「スペースX、2018年に2人の民間人を月へ打ち上げへ。その狙いとは?」)。月は火星よりも行きやすいため、目標を変更したり、あるいは火星移住の傍らで月開発も進めたりすることは難しくない。さらに他の宇宙企業の中にも、月を目指しているところは多い。
このままいけば、2020年代は月の開発が――それもアポロ計画のように行って帰ってくるのではなく、行ってそのまま定住できる時代に向けた開発が――始まるかもしれない。そうなればブルー・オリジンは、その中心的な役割を果たすことになろう。
ベゾス氏とブルー・オリジンが思い描くように、私たちが数十年後、宇宙へ飛び出し、そして月で生活し、本や映画、日用品を”Amazon宇宙便”で受け取る未来は、決して夢物語ではない。もちろん、そんな未来が確実に来る、と言うのは無責任にすぎるが、少なくともここ数十年と比べればはるかに、実現に近付いていることは間違いない。
Amazonで世界中の生活を支配したジェフ・ベゾス氏。次の目標は宇宙である Image Credit: Blue Origin
<文/鳥嶋真也>
とりしま・しんや●作家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。
Webサイト:
http://kosmograd.info/
Twitter:
@Kosmograd_Info
【参考】
・Eutelsat signs up for Blue Origin’s New Glenn launcher – Eutelsat Corporate(
http://news.eutelsat.com/pressreleases/eutelsat-signs-up-for-blue-origins-new-glenn-launcher-1845131)
・An exclusive look at Jeff Bezos’s plan to set up Amazon-like delivery for ‘future human settlement’ of the moon – The Washington Post(
https://www.washingtonpost.com/news/the-switch/wp/2017/03/02/an-exclusive-look-at-jeff-bezos-plan-to-set-up-amazon-like-delivery-for-future-human-settlement-of-the-moon/?utm_term=.f7a4ffe8f853)
・Home – OneWeb | OneWorld(
http://oneweb.net/)
・Introducing New Glenn – YouTube(
https://www.youtube.com/watch?v=BTEhohh6eYk)
・Blue Origin details new rocket’s capabilities, signs first orbital customer – Spaceflight Now(
https://spaceflightnow.com/2017/03/07/blue-origin-details-new-rockets-capabilities-signs-first-orbital-customer/)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。
Webサイト:
КОСМОГРАД
Twitter:
@Kosmograd_Info