覚醒剤密輸で逮捕されタイの刑務所に収監されたある日本人元受刑者
とはいえ、竹澤にとっては入所当初は絶望の日々だった。タイでは殺人犯も求刑は死刑が多いが死刑判決自体がほとんどなく、大体が終身刑で確定する。そして、毎年なんらかの恩赦が出るので、殺人犯は平均で15年以内には満期出所となってしまう。しかし、麻薬関連の受刑者には恩赦はほとんどない。あっても1回につき刑期の何十分の1といった程度。
先の見えない日々に残された唯一の楽しみが読書、あるいは市価の何倍もの値段で手に入れたMP3プレイヤーで音楽を聴くことだった。タイの刑務所内では小さめの電化製品なら規則違反ながら入手できる時期もあった。ただ、竹澤の妻は夫であり同居人を失ったため日本のビザ延長が困難となりタイに戻ってはいた。ときおり面会や手紙などで竹澤と妻はやり取りをしており、携帯電話を使ってまで緊急を要する連絡を取る必要はなかった。
ちなみに、タイ人受刑者の中には携帯電話まで入手して外部と連絡を取る者もいた。主にタイ・マフィアなどで、刑務所から麻薬売買の指示をしているケースが多いという。
しかし、そんな「楽しみ」も長続きしない。なにしろ、刑務所内の環境はめまぐるしく変わるのだ。定期的にロッカー点検が入り、そのたびにMP3プレイヤーは没収され、買い戻す必要があった。所長が入れ替わり、ルールが180度変更されることもあった。2013年ごろからは差し入れも許されなくなった。外部から差し入れられる食材に麻薬などが仕込まれたりなど、刑務所内でも犯罪が蔓延して問題になったためだ。
竹澤はそこでもまた苦しむことになる。日本語の書籍が入ってこないくらいはまだいい。
「所内では薬もすべて実費なので、カネがないと治療はしてもらえません。差し入れもなくなって転売するものがないので所内での生活もままならない。持病の喘息発作時に使用するスプレー薬もなくなり、病院に2回も運ばれて死ぬところでした」
竹澤としては年齢と持病を考えると、タイの刑務所で死ぬのかもしれないという不安が日々大きくなっていった。
※近日公開、後編「そして「恩赦」へ」につづく。
<取材・文・撮影/高田胤臣(Twitter ID:@NaturalNENEAM)写真提供/竹澤恒男※イラストは竹澤氏の友人のロシア人受刑者が描いたもの>
「死」が近づく日々
(Twitter ID:@NatureNENEAM)
たかだたねおみ●タイ在住のライター。最新刊に『亜細亜熱帯怪談』(高田胤臣著・丸山ゴンザレス監修・晶文社)がある。他に『バンコクアソビ』(イースト・プレス)など
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