1992年、大統領候補のビル・クリントンは「州知事の立場を利用して、妻・ヒラリーの弁護士事務所に、不当に仕事を斡旋していたのでは」との嫌疑をかけられました。連日の非難に苛立ったヒラリーは、報道陣の前で「私にも専業主婦になってクッキーを焼いたり、お茶をする選択肢がありましたよ」と、うっかり口をすべらせたのです。
ヒラリーは続けて「でもプロフェッショナルとして公の場で働くことで、女性にもフルタイムで働いたり、専業主婦になったり、家庭と仕事を両立させるなど、様々な選択肢があると示したかったのです」と語りましたが、時すでに遅し。「クッキー発言」がマスコミに取り上げられると、ヒラリーは「主婦の仕事を馬鹿にしている」と、女性から猛烈なバッシングを受ける羽目に陥りました。
ヒラリーの「クッキー騒動」に目を付けたのが、当時の『ファミリー・サークル』誌の編集長、スーザン・アンガローでした。この機会に、2人のファースト・レディ候補:バーバラ・ブッシュとヒラリーに、「それぞれ得意のクッキーのレシピを公開して、読者たちに品評させたらどうか」と申し入れたのです。
バーバラとヒラリーは、そろってこの提案を受け入れました。6人の子どもを育て、良妻賢母のイメージが定着していたバーバラにはもちろん、キャリア志向が批判を招きがちだったヒラリーにとっても、女性らしさや家庭的な一面を印象付ける、格好の機会となったのです。
2人のファースト・レディ候補が公表したのは、奇しくも同じチョコレートチップ入りクッキー。ただしバーバラのレシピがバターを使った伝統的なものだったのに対して、ヒラリーのレシピでは「植物油を使い、オートミールを加えている」という斬新性が強調されました。夫人たちのクッキーに現れた「保守VS革新」の構図は、そのまま現職の共和党大統領・ブッシュと、若き民主党候補・クリントンの対立を象徴していたともいえます。
読者投票の結果、ヒラリーのクッキーに軍配が上がり、夫のビル・クリントンも見事に当選を果たしました。以来、ミシェル・オバマのレモン・クッキーがシンディー・マケインのバター・クッキーに負けた2008年を除いて、クッキー・コンテストの勝敗はいつもそのまま大統領選の結果に結び付いています。