自らのミスで甲子園を逃した男がリベンジした道

内なる信念を持ち続ければ、応分の報酬が得られる

 もちろん、東辰弥がチームメンバーの信頼を勝ち取っていないということではない。そして、東の怪我の事情もあった。しかし、阿部には、強肩、強打の東に打ち勝つには、自身で出来ること、つきつめればコミュニケーション・プレーしかなかったわけだ。そして、それが日の目をみたのだ。  ただし、もうひとつの夢である、東京六大学野球リーグ優勝は、阿部が正捕手になった4年次の2001年には実現しなかった。しかし、控え捕手時代の1999年には優勝、ならびに、阿部が卒業した翌年2002年と2003年は2年間4期連続で優勝を遂げている。阿部は、それを誇りに思っているという。 「自分自身は、結局、正捕手としては、甲子園出場の夢も実現できなかったし、六大学でも優勝できなかったが、自分の残した財産は、後輩へ引き継がれたに違いないと」  阿部は、現在では、公認会計士、税理士、行政書士として、自身の事務所を経営する。社員も9名となった。不可能は可能にできるということを、身をもって体験した阿部にとって、公認会計士試験に合格することも、独立して会計事務所を経営することも、可能なことであった。そして、千差万別のクライアントの課題に、会計・税務両面から答えることも、阿部のハートの中には、不可能というイメージはない。必ず、活路が見いだせると思っている。東はその後、阪神タイガースへ入団、現在でもフロントで活躍し、阿部とも親交を続けている。 「世間一般に、野球バカと揶揄されることも多いですが、野球バカには野球バカなりの哲学があるのです」と阿部は語る。 「その道を極めようと努力した者には、仮にそれが適えられていようが、適えられていまいが、応分の報酬が、与えられているのだと思います。応分の報酬が与えられるかどうか、それは、自身の内なる声、内なる信念を全うしたかではなく、全うしようとしたかどうかにつきるのではないでしょうか」 <取材・文/HBO取材班> 阿部慎史氏●新日本監査法人、弁護士法人キャスト糸賀を経て、2007年、阿部慎史公認会計士事務所開設(現、信誠法務会計)。公認会計士、税理士、行政書士。1998年、早稲田実業学校高等部商業科卒、野球部所属、夏の甲子園出場。2002年、早稲田大学社会科学部卒業、野球部副キャプテン。現在、一般財団法人東京六大学野球連盟、公益財団法人全日本大学野球連盟、公益財団法人日本学生野球協会の顧問会計士を務め、一般社団法人全日本女子野球連盟の監事を務める。
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