文科省の武道権益を追う――小学校で武道必修化なら費用1兆円!?

「畳の隙間に足の指を挟む怪我」多発説は統計的には無意味 

「体育館に柔道畳を敷くと畳と畳の間に隙間ができて足の指を挟んで怪我をしてしまう」という説明もこの担当者はしています。文科省も様々な場で同じ説明を何度も繰り返しています。もちろん、そういう怪我の事象があることは承知していますが、これにしてもJSCの災害報告書から件数を抽出することはほぼ不可能です。「災害発生の状況」という記入欄こそありますが、給付金請求者がそこまで詳しい状況まで記入するとは限らないからです。おそらく「武道場では起こらないが体育館で起こる代表的な怪我の事象」として象徴的に例示しているだけだと思われます。この種の怪我が多いという統計的に有意なデータが存在するとは思えません。  武道必修化がスタートして、4年が経ち、中学校柔道授業における怪我の状況が明らかになり始めてきました。むしろ有意に異常な数値が出ているのは男女差です。武道必修化開始以降の2年間のデータで年間約4000件の事故件数の内、男子と女子の怪我の比率はおよそ3対1です(藤澤健幸,早稲田大学,2015年)。「畳と畳の間に足の指を挟んで怪我をする」のが主な受傷の原因なら、このような男女間の有意差は出ないはずです。男子だって女子だって同じように畳の隙間に足の指は挟まりますから…。  推測の域を出ませんが、この男女の有意差は、「男女の身体動作の激しさ」の差に起因するのではないでしょうか。男子の方が技を掛ける際に強く激しく動くために怪我が多いと考えられるのです。  これらの一連の推論から、文科省はまず「武道場設置要望ありき」で、自省に好都合な理由を後付けで無理矢理でっち上げて財務省への説得材料として提示したものであるようにも思えるのです。

中学校武道必修化で日本武道界の悲願は達成されたのか?

 武道必修化は、正力松太郎初代日本武道館会長などが、1966年5月に「柔道、剣道その他の武道の正科必修を小学校4年生以上および中・高等学校に週1時間以上必修させること」を狙いとする請願書を国会に提出して以来の日本武道界の悲願でした。  中学校武道必修化の実現により、正力松太郎の悲願は50年越しで実現したわけです。もっとも現在の武道必修授業は年10時間程度ですから、正力の言う「週1時間以上」には到底及びません。義務教育は年35週間の授業を行うことを標準としていますので、武道必修授業が年35時間実施されて初めて、正力の願いは成就されたものと見做されるべきではないでしょうか。  そして正力のもう1つの願いである「小学校4年生以上」の武道必修化は現時点では夢のまた夢です。しかし、小学校武道必修を提唱する声は既に起こっています。  毎年3月に武道議員連盟、日本武道協議会、日本武道館の三者が主催して行われる武道振興大会で、三者は「将来の小学校における武道授業の実施に向け、(中略)準備を推進すること」と要望する決議文を2009年以降、文部科学大臣宛てにずっと提出し続けているのです。
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小学校での武道必修化でさらなる費用が
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