言うまでもないが、こうした差別行為は今に始まった問題ではなく、特にイスラム教徒に対するヘイトクライムは度々問題になってきた。しかし、国民投票以降に目立つ変化には、宗教や人種に関わらず「移民」あるいは「移民っぽい」とみられるあらゆる人々が対象になっていること、また多くの事案で加害者が「我々が勝った」、彼らが移民を「追い出すことに投票した」と謳っていることなどが挙げられる。例えば、先に挙げたマンチェスターのトラムでの事件では、ターゲットとなった男性はテキサス出身のアメリカ市民であると報じられており、彼がアングロサクソン系の風貌ではないことが差別発言の理由になったとみられている。英国で生まれ育ち、英国籍を持つ市民も多数がこうした嫌がらせを報告しており、EU圏からの移民であるかどうかに関わらず、少しでも見た目が「違う」というだけで標的になっているようだ。これは日本人にとっても他人事ではない。事実筆者に寄せられた体験談の一つでは、東アジア系のある女性が、ロンドン市内で見知らぬ男性から東洋人に対する蔑称で呼ばれ、「国に帰れ」と言われたという。
こうした変化が起きた背景については既に多くの解説がなされているが、改めて簡単に説明すると、EU離脱派が移民問題を焦点としたことが大きな理由とされている。当初離脱派は、EUの官僚体質や、EUに対する経済負担を離脱の主な理由とする保守党中心の勢力と、移民問題を前面に押し出す英国独立党(UKIP)中心の勢力とに分かれていた。しかし経済面の議論では残留派が圧倒的に有利だったこともあり、焦りを募らせた保守党離脱派は投票日まで一ヶ月を切る頃に、移民問題に焦点を当てる方向へ大きく舵を切った。この方向転換が影響したのか、調査会社Ipsos Moriが投票日当日に公開した世論調査では、「英国が現在直面している問題は何か?」という問いの答えの第1位は「移民」で、2位の「国民保健システム・病院」を11ポイントの差で引き離している。5月の調査と比較しても、なんと10ポイントも増加した数字だ。