『ロンドンにイスラム教徒の市長が誕生』――その選挙戦に見るロンドン市民の思い

「若く多様だが貧しいロンドン」を見抜けず惨敗

 同じく交通費の上昇もロンドン市民の財政を圧迫している問題のひとつだ。  ここでもカーン氏は元運輸相の経験を活かし、公共交通機関の運賃を4年間凍結することや、1時間以内ならバスに何度でも一回分の料金で乗れる新しいチケットを導入するなどの政策を打ち出した。一方同じく保守党の前任市長、ボリス・ジョンソン氏の路線を引き継ぐゴールドスミス氏は、交通機関のインフラ改善や開発を基軸としたビジネスマン向けの政策が多く、低所得層や学生には恩恵が感じられにくいものだった。  上昇し続ける生活費に苦しむ、若く多様な現在のロンドンという街の姿が、ゴールドスミス氏には明確に見えていなかったようだ。ロンドンでもより高い年齢層や、シティで働くビジネスマンには保守党およびゴールドスミス氏支持の割合も高いのだが、もはやロンドンで彼らは多数派ではないうえ、彼らからですらこの選挙キャンペーンには失望したとの声が聞かれる。実際、選挙後には保守党内からですらこの選挙戦略を「意地が悪い」「党のイメージを損なった」と批判する声が続出し、保守系メディアからも「トランプ戦略」と、米大統領選のお騒がせ候補になぞらえて批判された。また、今回の選挙では投票率も過去最高の45.6%を記録。普段それほど政治に強い関心のない層も、今回の対比構図には声を上げたくなったようだ。選挙前、現地のロンドン市民からは「市長がイスラム教徒なのは構わないけれど、人種差別主義者なのは嫌だ」という意見も度々聞こえてきた。  しかしカーン氏が圧勝したからというだけで、イスラム教への警戒心がなくなったわけでも、テロの脅威が消え去ったわけでもない。右傾化と多様化の狭間で揺れ動く「欧州の首都」ロンドンは、果たして新市長の元でどのように変化していくのだろうか?次回はロンドン市民の期待と不安に耳を傾け、また首都以外に住む英国民の意見にも目を向けながら、ロンドンの未来を予測する。<取材・文/箱崎日香里(ライター・翻訳家)>
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