『ロンドンにイスラム教徒の市長が誕生』――その選挙戦に見るロンドン市民の思い

多様性の中で生きるロンドンっ子たち

 ロンドンは英国中からキャリアを求めてやってくる若者たちはもちろん、世界中からも移民や留学生が集まるため、若年層が多く、移民2世や3世が人口に占める割合も高い、高度な多文化社会が形成されている。その中にはイスラム教徒も多く、2011年の調査ではキリスト教徒(48.4%)、無宗教(20.7%)に続き、イスラム教徒が3番目に多く人口の12.4%を占めている。これらの移民やイスラム教徒が全て選挙権を持っているわけではないものの、このような環境の中で生活する現在のロンドンの若者は、様々な宗教と人種が共存することに慣れており、宗教や人種による差別はそうした人間関係に軋轢を生むため忌避される傾向が強い。  そのような若いロンドン市民たちにとって、ゴールドスミス氏のキャンペーン戦略は逆効果だった。実際前述のYouGovによる4月の世論調査でも、ゴールドスミス氏が(ロンドン市民の)「実態を把握していない」と評価されていることが浮き彫りになっている。反イスラム的キャンペーンは、イスラム教徒のみならず、他のあらゆる少数派やリベラル志向の強い若者たちに対しても、 少数派の対立を煽ろうとするゴールドスミス氏と全ての人への理解を示すカーン氏、というイメージを刷り込んでしまった。

ロンドン市民が求めていた政策

 また、ゴールドスミス氏が宗教や人種に焦点を当てたことで、ロンドン市民にとって最大の関心事である、肝心の政策についてのアピールが疎かになっていたことも大きな敗因だろう。  現在ロンドンでは、土地や建物を外国の富豪たちが資産運用のために買い占め、不動産価格や賃貸料が高騰している。彼らの目的は賃貸運用で出す利益ではなく、ただ銀行代わりに資産を預けておき地価が高騰したところで売ることなのだ。そのためロンドンに実際住む市民たちがどんどん街の中心地から追い出されていく一方で、都心の高級住宅街などはゴーストタウン化しているという。  また、若者の多い東ロンドンでは、4年間で一人または二人世帯向けの家賃の平均が最大約40%も上昇(*4)しており、より家賃の安いベルリンや米西海岸にイギリス人の若者が流出する現象が起きている。移住の選択肢がない人々にとってはより深刻で、ホームレスの数はこの5年間で倍増したという。  この問題に関して、カーン氏は新しく建設される住宅を増やし、その大部分を市民の所得に応じた家賃設定にしたり、ロンドン市民に住宅購入の優先権を付与するなど具体的な政策を提示した。実はゴールドスミス氏の政策にも、大量の新規住宅の建設や市民への優先権など具体的な政策は多かったのだが、彼はカーン氏へのネガティブキャンペーンに多くのリソースを割くあまり、自身の政策について説明する機会を減らしてしまった。
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「若く多様だが貧しいロンドン」を見抜けず惨敗
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