「ひとみ」の模型を前に説明する久保田孝・JAXA宇宙科学プログラムディレクター
「ひとみ」のトラブルに関連して心配されるのは、開発中の他の人工衛星への影響である。もし、他の衛星と共通する部品やソフトウェアなどが原因だったとすると、改修の必要がある。
現時点でJAXAは、「ひとみ」の原因が判明するまでは、他の計画に影響する可能性は考えていないとしているが、たとえ原因がすぐには見つからない場合でも、なんらかの対応が行われる可能性はある。
久保田氏によると、今回の「ひとみ」の調査では、衛星からのデータを分析するだけではなく、設計や製造、打ち上げ前の試験、部品の品質管理などにまでさかのぼって、それら作業が正常に進められたのか、ミスや見落としがなかったかなど、あらゆる可能性を探っているという。
つまり、「ひとみ」の設計や試験で、異常の種を見抜けなかった開発体制に原因があった可能性も視野に入っている、ということになる。体制そのものに問題があったとなると、他の人工衛星の開発にも疑いの目が向けられることになるだろう。今後、JAXAで開発中のすべてのロケットや衛星に対して、設計や開発、試験が正しく行われているか、部品の品質が保たれているかなどを調べる「総点検」が実施されることがあるかもしれない。
実はJAXAでは、2004年にもこの総点検を行っている。この前年の2003年、JAXAでは地球観測衛星「みどり2」の故障、H-IIAロケット6号機の打ち上げ失敗、そして火星探査機「のぞみ」の火星到着断念と事故が続いた。この3つの事故に関連性はなかったが、あまりにも事故が続いたことで、JAXAでは当時開発していた人工衛星とロケットすべてに対して総点検が実施された。その結果、プロジェクトは打ち上げ延期などの影響を受けることになったが、一方で総点検を行った結果、開発中だった月探査機で、未発見だった問題が見つかっている。
近年でも、JAXAのプロジェクトのうち、とくに宇宙科学分野は、決して順風満帆というわけではない。たとえば「ひとみ」の先代のX線天文衛星「すざく」は2005年、打ち上げから1か月で観測機器のひとつが使用不能になるというトラブルが起き、2003年に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」では部品の故障や、小惑星の砂を回収する機構に問題が発生した。金星探査機「あかつき」も2010年、エンジンのトラブルで金星到着に失敗している(2015年に再挑戦し成功)。「あかつき」は今年2月にも、探査機への指令の入力ミスで一時通信不能になる問題が起きている。そこへきて、今回の「ひとみ」のトラブルが起きた(ただし、宇宙科学をはじめ宇宙開発は非常に挑戦的なものでリスクも大きいこと、また順調に運用を続けているミッションもあることは強調しておきたい)。
打ち上げ時期が迫っている人工衛星もある中、JAXAは「他の衛星の打ち上げに影響が出る前に、『ひとみ』の原因を突き止めたい」と答えるにとどまっており、それまでに原因が見つからなかった場合の対応については、検討はされているはずだが、まだ明らかにはされていない。
「ひとみ」の調査が長引けば、原因が判明する前でも、開発中のすべての衛星を今一度、念入りに点検するということもあり得るだろう。
<取材・文/鳥嶋真也>
とりしま・しんや●宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。
Webサイト:
http://kosmograd.info/about/
【参考】
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X線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)の状況について | ファン!ファン!JAXA
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X線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)の状況について 平成28(2016)年4月8日 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(※pdf注意)
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ASTRO-Hプレスキット(※pdf注意)
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JAXA|ロケット/衛星の確実な開発・打上げと運用のための総点検の実施について
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JAXA|科学衛星の総点検実施状況について(LUNAR-A)