「ヘイトスピーチ規制法」与党案がおかしいこれだけの理由

無理がありすぎる与党案

 とはいえ、長尾が不明確なのも無理はない。そもそも、与党法案は無理がありすぎるのだ。  与党法案ではヘイトスピーチを
この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国又は地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で、公然と、その生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加える旨を告知するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう(法案第2条)
 と定義する。  しかしこの定義は極めて不可解だ。「専ら本邦の域外にある国又は地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」という範囲付けを額面通りに受け取れば、この定義は「日本国内に居住するものの日本国籍を保有していない人々とその子孫」つまり、外国人を指すであろうと思われる。したがって「外国人」ではある「米軍軍人」も、長尾の解説通り、その対象に含まれるのであろう。  一方で、「在日朝鮮・韓国人」は与党法案のいう「本邦の域外にある国又は地域の出身である者又はその子孫」と言えるのか?  もはや2016年にもなって子供でもわかるような理屈を解説するのは恥ずかしいものがあるが、あまりにも誤解がはびこっているので、改めて解説しておこう。 「在日朝鮮人」つまり「朝鮮籍」保有者とは元来、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の国籍を保有する人々のことではない。  日韓併合の1910年から日本が敗戦する1945年までの35年間、朝鮮半島からは様々な理由・手段で多数の人々が日本本土に移住もしくは転居し(させられ)た。この間の朝鮮半島出身者の法的立場は「朝鮮戸籍に登録された大日本帝國臣民」。日本の敗戦で「大日本帝國領朝鮮」は消失し、帝國の朝鮮総督府管理下の地域は連合国の軍政下に置かれることとなる。朝鮮半島に新しい政府が樹立されるまで、日本国内にすむ旧「朝鮮戸籍に登録された大日本帝國臣民」は、日本国籍から脱することはできない。そんな状態のまま、1947年にGHQの指示により「外国人登録令」が施行される。この時、こうした人々は日本国籍を保有しながらも、戸籍の「国籍等」記入欄に「朝鮮」と記入されることとなった。これが「朝鮮籍」のそもそもの始まりだ 。  こうして考えると、「朝鮮籍保有者」は、与党案でいうところの「専ら本邦の域外にある国又は地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」とは、若干性格が異なることがわかる。朝鮮半島が大日本帝國の「域内」であったことを踏まえると、「朝鮮籍」保有者を等し並に「本邦の域外にある国又は地域の出身である者又はその子孫」と規定することができないのだ。法案を素直に読めば、長尾の言う通り、「本邦外出身者である米軍人は法案の対象と言い切れるが、本邦外出身者であるとは限らない在日朝鮮人は法案の対象とは言い切れない」と解釈せざるをえないのだ。長尾の歯切れの悪さもこの辺に由来するのだろう。2012年に廃止されるまで40年以上続いた外国人登録制度では、米国軍人だけは外国人登録制度の範囲外であったことを想起すると、なんとも皮肉な結果だ。
次のページ 
与党案はできの悪い「車輪の再発明」
1
2
3
4
ヘイト・スピーチとは何か

共に生きる社会の方途を探る

PC_middleRec_left
PC_middleRec_right
関連記事
PC_fotterRec_left
PC_foterRec_right