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8月4日の夜、首都圏を大混乱に陥れた京浜東北線架線切断トラブル。横浜~桜木町間で架線が切れた……という状況だけを聞けば、1951年4月に発生して106人の死者を出した桜木町列車火災事故を思い起こさせるが、いずれにしても大きな事故につながらなかったことは不幸中の幸いだろう。
事故原因について、JR東日本は“本来停止してはならないエアセクション内に誤って停車し、発車時に過大な電流が流れてショートし、火花によって架線が切れたため”と発表した。このJRの発表に対して、ネット上では「停止してはならない区間があることが信じられない」「運転士がそんな原始的なミスをするのか」という声が見られる。果たして、このJRの発表はどのように捉えれば良いのだろうか。鉄道技術専門誌の記者は、次のように説明する。
「エアセクションは簡単にいえば架線が切り替わる部分のこと。それぞれの架線は異なる変電所から電気が送られているため、わずかながら電位差がある。そのため、エアセクションにまたがるように停車してパンタグラフがかかるとショートしてしまいます。それが今回の事故の原因ということです。ですから、余程の緊急事態でもない限りエアセクション内で停車してはならないというのは、電車運行の基本中の基本のはずなんですが……」
原理的にはエアセクションをなくしてすべてひとつの変電所から電気を送ることも可能だが、変電所トラブルの発生などを想定して、エアセクションを設ける仕組みになっているという。
では、電車の運転士にとって基本中の基本であるはずの“エアセクション内の停車”は一体なぜ起きたのか。JRの発表では、先行列車と接近したためATC(自動列車制御装置)が作動したが、運転士はATCの作動より先に列車を停車させたため、エアセクション内に停車してしまった。ATCに従えば、エアセクション内で停車することはないという。
「運転士がエアセクションの存在を知らなかったとJRは発表していますが、それは常識的に考えてありえないと思います。エアセクション内での停止は今回のようなトラブルを招くことがあるので、運転士免許取得時に充分学ぶはず。さらに、エアセクションの存在を示す標識もあるし、『知らなかった』で済むことではありません。もしJRが運転士養成時にその教育をしていないとするならば、はっきり言って鉄道事業者として失格です」(前出の専門誌記者)
大手私鉄のある運転士は、「ATC任せの運転を嫌う風潮があるのでは」と話す。
「ATCは前の列車との間隔などを踏まえて自動で加減速してくれる装置。ただ、運転士の中にはATC任せではなく自分の手で加減速をしなければ一人前ではないと考える人もいます。今回の例も、ATCで減速・停車する前に運転士が先行列車を視認して自分の手で停車させようとしたのでは」
一昔前のATCは加減速が急すぎて乗り心地を損なうことがあったため、“自分の手で運転すべし”という発想は一概に間違っているとは言えないという。ただ、最近のATCはこうした問題はかなり改善されているし、そもそも“ATC任せにしない”というならばエアセクションの存在を把握しておくことは絶対に必要なはずだ。
そもそも、JR東日本は2007年にも東北本線さいたま新都心~大宮間で同様の事故を起こしている。その際、低速でエアセクション内に入った場合は音声で警告するシステムを首都圏の全車両に搭載すると発表していた。しかし、今回のトラブルとその後の報道を見る限り、京浜東北線にはこのシステムは非搭載だったようだ。まさに喉元過ぎれば熱さを忘れるということわざの通り、トラブルが起きてもほとぼりが覚めたら対策は放置する……ということなのだろうか。
「4月に山手線で架線柱が倒れる事故があったばかり。舌の根も乾かぬうちに今回のトラブルで、これが以前の反省を生かしていなかったから起きた……となれば、鉄道事業者として安全に対する意識が薄れていると言わざるを得ません。JR北海道が不祥事続きで批判されましたが、ここ最近の動きを見る限りJR東日本もヒドいものですね」(前出の記者)
さらに、今回のトラブルで大きな話題になったのが駅間に停車した列車への乗客閉じ込めだ。乗客が勝手にドアを開けたために並走する東海道線や湘南新宿ラインも運転見合わせを余儀なくされたというが……。
「これもJRの対応が悪い。この季節に空調の切れた車内に1時間乗客を閉じ込めればどうなるか、想像ができないのでしょう。確かに乗客が勝手に線路に降りるとさらに事故が起こる可能性があるので望ましくはありません。それでも運転再開のめどがたたないことがわかった時点で並走する路線の運転も止めて、出来る限り早い段階で乗客を避難させるべきだった。乗客を線路におろすという措置は緊急時の対応でも異例のものだとは思いますが、それで手続きに時間がかかりすぎたというなら本末転倒です」(前出の記者)
JR東日本のホームページを見てみると、架線切断でダイヤが乱れたことを詫びる言葉はあるが、事故の詳細や原因に関する説明は一言も書かれていない。それは4月の架線倒壊事故でも同様だ。利用者に安全性への疑問を抱かせたトラブルを連発しておきながら、それに対する説明はなく、マスコミに向けて頭を下げるだけ。それではJR東日本が“安全軽視で臭いものにふた”という体質なのだと言われても反論できないだろう。
幸い、今はまだ死者のでるような事故は起きていない。しかし、今回のトラブルも4月の支柱倒壊事故も、一歩間違えれば多数の死傷者が出てもおかしくない。JR東日本の安全を軽視する体質が変わらない限り、いつ福知山線脱線事故のような大惨事を引き起こしても不思議ではないのだ。 <取材・文/境正雄>