狭い可住地域に約12万人が住む別府市は、常に多くの観光客と学生が滞在しており、「人口以上の都市規模」であり続けた。それゆえ、それらの存在がなければ普通の10万都市…どころか、それ未満の存在でしかない。
別府市民は、徒歩圏に温泉があるのは勿論のこと、周辺に遊園地や動物園などの観光施設が豊富にあることを(今や地方では遊園地が存在しない県も少なくない)当然のように思ってきた。それだけではない。別府駅には全ての電車が停車し、駅近くに家電量販店や百貨店、ショッピングセンター、複数のスーパー、そして大手雑貨店や大手カフェチェーンがあり、主要道路には路線バスが約10分おきに走る――という、地方でありながら「ギリギリ都会に近い、そこそこ便利な日常生活」が送れることも当たり前のことだと思ってきた。そして、温泉をはじめとした観光施設の多さや生活の利便性から、近年は「駅チカなら車が無くても生活できる」「子や孫の遊び場も多い」として、大都市圏から別府市内に移住してくる人が少なくなかった。
しかし、そうした「便利な日常」が送れていたのは、市内を訪れる多くの観光客たちや、市内に住む多くの学生たちのおかげでもあった。
狭い面積に人口が密集する別府市中心部。近年はマンション建設が進んでいた。
別府市は戦災に遭っておらず、戦時中は療養拠点として、そして戦後は米軍の駐留拠点としてもにぎわいを見せた。そのため、こうした「市内にほぼ地元住民しか居ない」、そして「多くの店舗が休業してしまう」ような状況は「明治時代以来初のこと」だと言われている。
日に日に歯抜けになっていく商店街、増えていく「閉店」の貼り紙――頭をよぎる「街が消えてしまう」ことへの危機感。
しかし、この街は到底地元住民だけで支えられる都市規模ではない。このままコロナ禍が続き、店が減り続け、また公共交通機関の減便・廃止なども続けば、「観光するにも不便な街」となり、そして移住してくる人はおろか、街を離れていく人も増え、さらに衰退のスパイラルに陥って「都市の維持」さえ困難になっていくであろう。
高速バス・特急バスの発着拠点となっている百貨店前のバス乗り場。コロナ禍により殆どの便が運休・減便しており、すでに廃止を決めた路線もある。かつて賑わっていたバス停も人の姿はまばらだった。
コロナ禍のなか進出する大手企業――復活の起爆剤となるか
一方で、別府市中心部では明るい動きもある。
この冬、JR別府駅近くに国内の大手企業2社が相次いで大型ホテルを新規出店する方針であることが判明したのだ。
この2ヶ所はいずれも駅から徒歩2分以内の一等地でありながら、10年以上も有効活用策が決まらずに「平面駐車場」となっていた場所だ。JR別府駅近くではここ数年地価が上昇傾向にあったが、コロナ禍以降は急速に空き店舗が増えつつあり、「コロナ禍による地価の上げ止まり」が大手の事業者を呼び込むことに繋がった可能性もある。 言うなれば、コロナ禍による「怪我の功名」であるのかも知れない。
大手ホテルが進出を検討しているとされるJR別府駅近くの平面駐車場。近隣でも県外企業による大型ホテルの建設が進んでおり、タワークレーンの姿が見える。
大手企業によるホテル進出は、近隣の宿泊事業者にとっては競争が増すことに繋がるものの、コロナ禍の影響がとくに深刻であった中心商業地の飲食店、土産品店など他の観光業従事者にとってはプラスに働くものであり、また大きな雇用先を生むことにもなる。それ以上に、永年空き地だった場所の活用策が決まったことは「街が消えること」への危機感を抱いていた市民にとって明るい希望の1つになろう。
とはいえ、出口が見えないコロナ禍は、その「希望」も打ち砕くほどに長すぎるトンネルだ。
長いトンネルを抜けるまで生き残り、いつか復活を遂げた温泉街の姿を見ることが叶うのか――商店主たちは、そして市民たちは、今日も薄暗い「終末世界」で不安な日々を過ごしている。
全館休業を続ける大手傘下のホテル。取材中に休業期間が延長され「3月18日まで休業」になったというが、状況により再延長になる可能性もあるという。
<取材・文・撮影/若杉優貴(都市商業研究所)>