―― 当時、司馬遼太郎のことを表立って批判していた著名人はいますか?
佐高 大岡昇平さんや色川大吉さんといった歴史の玄人からの評判は悪かったですね。
―― 司馬遼太郎を批判しようとすると出版社から止められたわけですが、どういう理屈でストップがかかるんですか? 司馬遼太郎本人が批判を止めていたんですか?
佐高 理由は単純です。司馬遼太郎の本が売れるから。そして、司馬という人は批判を嫌うからです。本人がどうこうではなく出版社の忖度ですね。忖度と商業主義が生んだタブーです。
―― 逆に司馬遼太郎を批判することで話題になるということはなかったんでしょうか?
佐高 それはないですね。誰でも御神体は汚されたくないということです。怒る人の方が多いですから。司馬批判をしたら、読者からものすごい長文の反論が来ました。司馬遼太郎のファンは真面目ですね。僕はそうした手紙も一通一通最後まで読みましたが、この熱意の壁を破るのは大変だと思いました。こういうのは作家本人が「批判大いに歓迎です」と言わないと、出版社はできないですよ。
―― 司馬遼太郎は「天皇を抜きにすると、日本の歴史がよく見える」と言っています。佐高さんは「だからこそ司馬は売れたんだ」と書いていますが、天皇を外した歴史などあるわけがないじゃないかと素人目にも思います。なぜ読者には受けたんでしょうか?
佐高 天皇については触れないことが読者を安心させるんでしょうね。これがまさに人工甘味料の効果です。司馬は天皇を避けたからこそ、多くの人に受け入れられた。私は天皇制を肯定した民主主義はありえないという主張ですが、そこをごまかしている人の方が受け入れられるということなんでしょう。天皇に触れると、みんな不安になってしまうのかもしれません。司馬の小説は主に明治維新ものです。そうするとどこかの勢力が朝廷を担ぐわけだから天皇批判は書けませんよね。朝廷を批判するとなると、根本的に歴史観を変えないといけませんから。
―― そこでむしろ積極的に天皇支持を打ち出していたら、また変わっていたんでしょうか?
佐高 支持まで行かなくても黙認というのが一番強いんです。作家も読者も触れたくないということですよ。「あなたは彼女のことを好きなの?好きじゃないの?」と突きつけられるとしんどいでしょう。決断せずに先送りするのが楽なんです。難しいことには触れたくないというのが時代の空気だったんでしょうね。本当は知識というのは判断を迫るものなんですけど。判断を迫らない「知識」を提供したのが司馬です。
そういう意味で司馬遼太郎は小説家というより祭文語りですね。歴史もどきの話を辻辻で話して渡り歩いていた人です。話を聞くと、いかにも知識が与えられて賢くなった気がして、自分も知識人になったような錯覚を起こす。
―― 最近サラリーマンに受けている小説で浮かんだのが『半沢直樹』だったんですが、これは司馬遼太郎の目線とはだいぶ違うと思うんです。悪い上司をやっつけていくという話がサラリーマンに受けているというのは時代が変化したんでしょうか。
佐高 『
竜馬が行く』だって若者の反抗物語です。ただ、それも枠内の反抗でしょう。『半沢直樹』には社会的な視線というものはあまりないですよね。メッセージがない。企業小説は今までもたくさんあったけれども、『半沢直樹』は変種みたいな感じがします。同じ企業小説でも城山三郎さんにはもっと社会性がありました。そういう意味では『半沢直樹』は司馬遼太郎を受け継いでいるのかもしれない。
変な上司がいて、それに対する若い青年が活躍する物語というのは『竜馬が行く』の路線を引き継いでるとしか思えません。ものすごく内向きな感じがします。システムの問題を描かずに、善人悪人のレベルに矮小化してしまっている。でも、現実はシステム次第で人は善人にも悪人にもなるんだということが抜け落ちてますよね。
―― 歴史書として司馬遼太郎を読んでも、本当の血なまぐさい歴史は分からないということですね。
佐高 司馬は一時の勝者しか描いていませんから。歴史というのは未来を考える時に煩悶するために学ぶものですが、司馬のように安心するために使ってはいけないんです。彼の小説がリーダーたちの慰撫に使われてきたという側面はあるでしょう。
(1月25日、聞き手・構成 杉本健太郎)
さたか・まこと――1945年、山形県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。高校教師、経済誌編集者を経て評論家に。主な著書に『
偽りの保守・安倍晋三の正体』(岸井成格氏との共著/講談社+α新書)、『
安倍「日本会議」政権と共犯者たち』(河出書房新社)など
<記事提供/
月刊日本2020年3月号>