伝統的な価値観と対峙するチベット人女性を描く。ペマ・ツェテン監督『羊飼いと風船』

本当のチベット人の姿を

 避妊について女性医師に相談するシーンや中絶について悩むシーンなど、本作は女性の視点で細やかに物事が描かれている。男性であるペマ監督はなぜこのような描写ができたのであろうか。この点について尋ねると、ペマ監督はフェミニズムや女性の視点でこの映画を作り上げることは全く意識していなかったという。 「赤い風船にインスピレーションを受けてから、ストーリーを作っていく段階でエピソードを肉付けしていました。チベット族の女性を主人公にした小説も書いていたので、彼女たちが置かれている現状については関心を持っていましたが、フェミニズムを描きたいと思ったことはありません。他の映画を撮るのと同じで、彼女たちの心の動きを描きたい、そしてチベット族の女性が置かれている状況を小説や映画を通して知ってもらいたいと考えていました。それが今回の作品で実現できたのはとても良かった」

”性”がタブー視されるチベット

 また、コンドームを風船にした男の子たちが近所のおじさんに説教されるシーンや中絶手術をしようとする病室に父と息子が登場するシーンがある。性教育については日本でも度々話題になるが、チベットでは性に関する話題はタブーの領域であり、本作が現地で公開されたとしても、一家揃って見に行くことはないのだそうだ。
©2019 Factory Gate Films. All Rights Reserved.

©2019 Factory Gate Films. All Rights Reserved.

 性の話題は「子どもはもちろん、他の人にはオープンにしたくない」というのがチベット人であり、それを表現したのが、ドルカルが避妊手術の相談相手に男性医師を避けたシーンであるとのこと。ペマ監督は一見、シリアスに見えるこのシーンも「ドルカルと女性医師のガールズトーク」風にユーモラスに描いている。
次のページ 
チベット社会を俯瞰した本作
1
2
3
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会