グレーバーが示したオルタナティブの可能性<デビッド・グレーバー追悼対談:酒井隆史×矢部史郎>

David Graeber, NRC Handelsblad, May 31, 2018

2018年のデビッド・グレーバー(Photo by Manuel Vazquez/Contour by Getty Images)

 世界的に著名な人類学者であり、活動家でもあったデヴィッド・グレーバーが昨年急逝した。グレーバーの功績とは?日本ではいかに読まれたのか?「紀伊国屋じんぶん大賞2021」第1位も獲得した、グレーバー『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店)の翻訳者である酒井隆史さん(大阪府立大教授)に、矢部史郎さんがお話を伺う。(本対談は全部で3部構成で、今回は第3回目。第1回第2回) (構成:福田慶太

基盤的コミュニズム

酒井 グレーバーは人類学で大きな業績をあげているけど、かれは自分がマルセル・モースに近いっていっていた。モースはフィールドワークをやってはいないけど、古典学者、文献学者、大知識人的な要素がある。いろんな文明のことを語って、それを比較するとか。  グレーバーはフィールドワークをちゃんとやっていたけど、モースのやり方に近いところがある。たとえば中国の哲学を引用したり、インドのヴェーダに言及するとか、哲学の起源を語ったりとか、言及先が幅広くて人類学のフレームを超えているところがある。  『負債論』(以文社)のキーワードは「基盤的コミュニズム」だけど、あれは実は、類似した多くの著作とかれの議論を分かつ決定的モメントなんだよね。「能力に応じて、必要に応じて」というコミュニズムの定式はマルクスらと共有しつつ、それをいつか実現すべき未来ではなく、この世界を構成する生地に変えてみせた。かれにかかれば、資本主義すら「コミュニズムのまずい組織化」の一例になる。 矢部 あれもこれも、とさまざまなものに触れ、語って、「基盤的コミュニズム」を見出すのがグレーバーのすごさとして、そのバックボーンにはあるものはなんだろう。

サパティスタの影響

酒井 やっぱり強調しないとならないのは運動の力。たとえば、(メキシコ・チアパス州の)サパティスタの闘争。そもそも僕らだって、現代世界におけるネオリベラリズムについて、1980年代の中曽根改革を超えた重大な意味をもつことを知ったのは、サパティスタの反乱だった。グレーバーの最近の言説などから考えても、やっぱり、1990年代から現在に至るまで、サパティスタというのがどれほど影響が大きかったかということを実感する。  先住民と都市ゲリラが一緒になって、しかも先住民の知恵に学びつつ、過去の革命の苦い経験の反省のうえから権力の奪取という方法をとらず、苦しいなかで実際に自治を継続している。個人主義的、セクト主義的だったアナキストとは違う世代のアナキストたちが生まれたのも、いまさらながらサパティスタの蜂起の影響力は大きかったとおもう。コンセンサス、連合、水平性、いまここでコミュニズムを実現していくという指向性。  矢部くんとの対談を読むと、矢部くんがこういうことをいっている。「更に彼らが言っていたのは、この大晦日の蜂起(引用注:いわゆるサパティスタの蜂起とされているもの)は二回目の革命である。一回目は既に蜂起の前に自分たちの内部で起きていた。それは先住民の革命評議会の中で女性たちが発言をしたときなんだと。つまり、発言する、表現をする、見えなかったことが目の前に現れる、ということが運動にとってものすごく重要な要素になってきていると思います」。  先住民やフェミニズムが積み上げていったものを継承しながら発展させていくというような運動の流れがあり、グレーバーも人類学的な自分のフィールドが持つ意味をあらためて見出す。
次のページ 
著作権的作家主義の拒絶
1
2
3
4
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会