グレーバーが示したオルタナティブの可能性<デビッド・グレーバー追悼対談:酒井隆史×矢部史郎>

著作権的作家主義の拒絶

酒井 それで、ここで銘記しておきたいのは、グレーバーがそれこそ「著作権的作家主義」をつねに拒絶していたこと。対談でも、あたらしい思考、あたらしい概念が、あたかも大学の大知識人から飛び出てくるものだ、という発想を批判している。それはたいてい、当時の民衆運動をはじめとする社会のなかから出てきたものであり、無名の創作物である。  グレーバーが亡くなったので、いまこういう語りをせざるをえなくなっているけれども、ほんとうは自分にとっては、直接に固有名として対象にするんじゃなくて、おなじ世界でおなじ現象を前にして、傍らでとんでもない精力で考えつづけていて、ヒントを与えてくれるひと。  でもこういう語りをすることが、グレーバーをそのようなビッグネームの一列、「著作権的作家主義」の知識人にしてしまうかもしれず、かれ自身は、つねにそういう知識人のあり方を徹底的に批判していたことは強調しておかねばならない。でも「グレーバー主義」のようなものはあんまり想像できない。それに必要な秘教的なところも教祖的なところもないしね。 矢部 グレーバーの名前を冠した主義、というようにはならないとおもうなあ。 酒井 マルキシズムはそれこそ、マルキシズムからはじまって、グラムシ主義、ローザ主義、トロツキズムなど、個人名を冠した潮流を作るけど、アナキズムはそれがないとよくいっていた。  アナキズムに近いほどマルキシズムも個人名を冠さなくなる。評議会コミュニズム、「社会主義か野蛮か」グループ、シチュアシオニスト、アウトノミア、などなど。  有名な(オキュパイ運動の)「我々は99%」というスローガンだって、グレーバーが発案したものだということになっていて、まあ説明しやすいから時々こちらもそれを出すけど、べつにわれわれにとってはどうでもいいことだよね。スローガンをだれが発明したかなんて。グレーバー自身も「自分は99%というアイデアは出したけど、そこにWe areをつけたのは複数の活動家だ」といっている。もちろん、運動のなかでいろいろあるのは知っているし、グレーバーにも問題がなかったとはまったくいわない。でもひとまずここは押さえておきたい。

前衛主義の罠

矢部 グレーバーがなんかの方針を押し付ける、というのはあんまりしないでしょう。むしろひたすら問題を明らかにしたり励ましたり、可能性を見出すようにしたり。こうすれば、絶望しないでちょっとだけ希望があるんじゃないか、と。 酒井 これは『世界』(岩波書店)の(昨年)11月号の追悼文で書いたんだけど、知的なことに携わっているひとの罠に「ひとを指導したい」ということがある。それは「前衛主義」だけの問題じゃない。保守主義とかリベラルだって、「あれは不可能である」「これはダメだ」「それは無理」とかいって、ひとの選択肢を狭めるのは一緒でしょう。 矢部 で、その方針に従わなければ、もう絶望しかないんだよ、ほかに道はないんだよ、と狭めてしまう。 酒井 そう。基本的に、左翼の前衛主義を批判しているひとのほうが、前衛主義への自覚がないだけ危うい。で、そういうひとたちって、未来を予想したらだいたいひとつかふたつの選択肢しか出せないわけでしょ。それなのに、こうやったらうまくいく、っていっている。  『アナーキスト人類学のための断章』(以文社)でハッとした語り口があって、「どうせアナキズム的な原理なんてうまくいかない」という懐疑主義者が、「そんなことをいっても、実際にはそんなことできないんだろう?」といってくるのに、グレーバーがいっぱい事例をあげるわけ。  マダガスカルとかどこかの先住民がこんなことをやっているとか、こんなことがあった、あんなことがあったとか。で、「それは昔の話じゃないか。今はこんなに複雑な社会なんだ。そんなんじゃやっていけないぞ。テクノロジーがこんなに進展していて、そんなことができるわけない」といわれても、グレーバーは「それはちょっとおかしい」と。「テクノロジーが進展しているのならば、もっとほかに可能性が出てきているはずじゃないか」というんだよね。ハッとするのはここ。 矢部 反転。最初に出た、「空飛ぶ自動車」の話にもつながる。 酒井 だって実際にそうなんだから。我々の科学技術はこれほど発展している、なのになんで経済的可能性をひとつのもの、として考えてしまうのか。そういうことに対してグレーバーは、それ、逆じゃないの? というんだよね。その発想にショックというか、こういう風に発想するんだと。  なんだかんだいってマルクス主義者も近代主義者も保守主義者も右翼も、これしかないんだ、とテクノロジーの進展に伴ってわざわざ可能性を切り縮めている。 矢部 もうこういうことしかできなくなった、ということばっかりいう。
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