「日本型同一労働同一賃金」と貧困<労働裁判が働き手を素通りするとき>

最高裁判所

(adobe stock)

 2020年、同一労働同一賃金、労働基本権、マタハラ問題と、働き手の根幹にかかわる労働事件をめぐる裁判所の判決が相次いだ。新型コロナの感染拡大で働き手の貧困化が深刻化する中、働き方を改善する判断が出るかどうかに期待が集まった。  だが、それらは、働き手の現実を素通りし、靴の上から足をかくような乖離を感じさせた。裁判とはそういうもの、とも言えるかもしれない。だが、それらがなぜこれほど労働現場と離れてしまっているのか。コロナ禍で失業した働き手がこの1年で8万人近くにのぼったと報じられるいま、3回にわたって考えてみた。

非正規労働者には退職金も賞与も認められなかった

 2020年10月13日、メトロコマースと大阪医科薬科大学の労働契約法20条訴訟の最高裁判決が言い渡された。メトロコマースは契約社員が、大阪医科薬科大学は非正規職員が、正規との待遇格差是正を求めて起こした訴訟だったが、基本給は判断の対象にされず、非正規に初めて退職金(メトロ訴訟)と賞与(大阪医科薬科大)を認めた高裁判決も覆された。  同月15日の郵政訴訟最高裁判決では、手当の格差是正を求めた原告の全面勝利となった。非正規職員に、年末年始勤務手当、扶養手当などを支給しないのは不合理である と認められたからだ。基本給や退職金は「仕事の対価」として会社の裁量権が強い一方、手当は働く上での経費的な性質が強く、裁量を主張しにくいことが明暗を分けた。

定年で痛感した「退職金ゼロ」の過酷

 正社員と同等にかかる費用に、非正社員ゆえに差が付けられるという不合理が正されたことは大きな前進だ。だが、これらの訴訟が注目されたのは、正規と同じ仕事を担い続けても貧困から抜け出せないような「仕事の対価のあり方」が、見過ごせないほど大きな歪みを生んでいたからではなかったのか。メトロコマース訴訟原告の一人、後呂良子さん(66)の体験は、その過酷さを浮かび上がらせる。  後呂さんは、1年有期の契約を何度も更新し、正社員の平均勤続年数を上回る13年間、地下鉄売店の販売員として働き続けてきた。同じ売店販売員の正社員より所定内労働時間は15分長く、それでも月収は手取り13万円程度だった。その半分近くが家賃で消え、光熱費や食費などを払えばほとんど残らない。消費税が上がったときは食費を削るしかなく、栄養不足で仕事中に倒れたこともある。  退職金はないのに契約更新の上限年齢は正社員と同じ65歳とされ、2020年3月に「定年」となって失職した。  定期収入がなくなった退職後、前年分の収入を基準に社会保険料や住民税の請求がどっと来た。普通はここで退職金の出番となるが、それがない。たまたまコロナ禍で給付された10万円の特別定額給付金は、これらの支払いと家賃に消えた。低賃金で貯蓄できず、退職金もない。「その怖さを『定年』で痛感した」。
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会社側の主観を優先
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