日本語ラップ界の異端児。般若の壮絶な過去と今なおトガり続ける理由

「バイトじゃねえ 俺はヒップホップに就職」「ナンバーワンでオンリーワンでその上この世で一番弱いと毎日叫ぶ」など、独特なリリックで聴衆の心を震わせるヒップホップ界随一の異端児・般若。MCバトルブームの火つけ役となったバラエティ番組『フリースタイルダンジョン』では、3年半にわたり初代ラスボスを務めた。

「人生が面白いと思ったことなんてほとんどなかった」

般若

撮影/杉原洋平

 そんな彼の壮絶な過去を明らかにしたドキュメンタリー映画『その男、東京につき』が12月25日に公開された。強面ラッパーの知られざる素顔とは。 「いじめられていたんすよ、俺。小学3年生の頃までずっと、学年が1コ上のヤツに。母子家庭で貧乏、デブでおかっぱ頭だったから、いじめる側からすれば格好の餌食だったんすよ。子供時代って“今の時間が永遠に続く”と思っているから、哀しみから一日は始まって、それからずっと憂鬱だったし、親にも言えず辛かった。だから、人生が面白いと思ったことなんてほとんどなかったんすよ。  でも、言葉は悪いけど、俺は復讐した。そこからですね、“生”を感じ始めたのは。中学に進学して、地元にはいろいろな人間がいて、暴走族に入る人間もいたけど、俺はそこには入らなかった。1、2年先に生まれただけで、先輩風を吹かせて後輩をアゴで使う。そういう上下関係が今も、心底嫌いなんすよ」 「FAMILY 選べない~」と、生まれた環境がもたらす不公平さに憤りを覚えて育った一人の少年が、高校の文化祭でたまたま出合ったのが“ラップ”だった。 「勉強もスポーツもダメ。得意なことなんて何一つなかった。そんな人間が、生まれて初めて『これなら自分にもできるかも』と思えた」と振り返るように、以後、彼はラップの世界にどっぷりとハマっていく。

“カチコミ”で成り上がった

 ’90年代後半には地元・三軒茶屋の仲間たちとラップグループ・妄想族を結成。“ステージ乗っ取り”というパフォーマンスを日常的に行い、ヒップホップ界での存在感を強めていった。 「有名だったラッパーのライブでマイクジャック、いわゆる“カチコミ”をしていました。当時はそれしか成り上がっていく方法がなかったし、それが正しいと思っていた。反省はあるけど、後悔はないです。ただ、これからラッパーを目指す若者には、風評被害によって後々苦労するから真似はするなと助言したいすね」  ’19年1月には、「(目標にして)辛いと思ったこともあるし、憎しみすら湧いてきた」という日本武道館でのワンマンライブを成功に導き、唯一無二の存在として確固たる地位を築いている。
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何かが破綻しているし、弱いからこそ続けられる
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