公式HPによると、ニセNFのテーマは「反自粛」だという。なぜ今、反自粛なのか。そして、なぜ、ここまでのイベントを作り上げる理由があったのか、京都大学ニセNF実行委員長のホリィセン氏に話を聞いた。
「ニセNFは『手作りの場』を取り戻したいと思って企画しました。京都という町は、様々な文化芸術活動が『手作り』的に作られる町でした。『手作り』感のある個人経営の飲食店や雑貨屋、古本屋などが密集し、そこでの人の出会いが町の魅力になっています。コロナで失われてしまったそれらを取り戻すのが開催した理由です。なので京大のイベントというより、京都のお祭りとして開催しています。」
ホリィセン氏は、現在京都大学で社会学を専攻する大学院生。京都のシェアハウスグループ「サクラ荘」の代表も務める。
イベントでは、地域のお店や幅広い大学からの出展もあり多くの新たな人との交流が生まれていた。まさに、狙い通りの空間だ。コロナでお客さんが離れている地域のお店にとっても追い風になっただろう。しかし、「反自粛」というテーマまで掲げるのは反発もありそうだ。
「反自粛を掲げるのは、社会の過度な自粛ムードに対してバランスを取るためです。感染対策をすることは必要ですが、居場所や経済活動とのバランスも考えるべきです。コロナ対策では特定の人々が優先され、若者や家庭に居場所のない人々、大学生など対面での接触を必要とする人々はないがしろにされているように思います。もちろん、人命の重さを考えれば感染対策は必要です。しかしそのうえで、ないがしろにされてきた人々の立場のことも考えるべきだと思います。以上より、社会のバランスを取り戻す一助となるために『反・自粛』を掲げています。」
どの程度の自粛が社会にとって必要か、答えを出すのは難しい。様々な考え方があるだろう。しかし、緊急事態宣言中ならともかく、今は各種イベントについては感染対策をした上でなら行われるようになってきている。会社やお店も、一時期に比べればかなり対面活動が復活している。
しかし、大学においてはそうではない。大学生は未だほとんどがオンライン授業。サークル活動も厳しく制限され、大学最大のイベントである学園祭は軒並み自粛させられた。大学生は多くの貴重な機会を失っており、「ないがしろにされている」といっていいだろう。
「そもそもの話なんですが…。『NFはコロナのせいでなくなった』とは言えないと思います。直接的にはそうですが、以前から大学側の管理は強まっていました。去年のNFは飲酒が禁止になりましたし、4日間開催も潰されそうになっていたんです。大学の管理強化と、私たちが問題に思っているコロナ禍の自粛要請による管理社会化は繋がっていると思います」
京大では近年、学生の自由な表現方法の一つであった立て看板が禁止されたり、学生の自治によって運営されていた吉田寮に対して大学が立ち退きを命じるなど、大学側の急激な管理強化によって学生との衝突がううまれている。
「京大は、たしかに自由の学風でした。世間の大学が就職予備校化する中で、京大だけは常識的な価値観から逃れられる最後の砦だったといっていいでしょう。しかし、京大も管理社会化の波にのまれ、東大に対抗できるような魅力のない大学に成り下がろうとしています。だからこそ京大の自由さが体現されるイベントだったNFを乗っ取り、管理社会化に抵抗したいという思いもありました。」
大学生が反自粛を掲げて、勝手に学園祭を開催した。それだけ聞くと、いかにも世間から批判を受けそうだ。しかし、本当に批判されるようなイベントだったのだろうか?