映画『アンダードッグ』はさながら“3倍ロッキー”!負け犬ボクサーが掴み取る、勝敗を超えた“何か”を知り、咽び泣け。

(C)2020「アンダードッグ」製作委員会 

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 11月27日より映画『アンダードッグ』の“前編”と“後編”が一挙に公開されている。  本作の題材はボクシングであり、タイトルの意味は“かませ犬”。1974年の映画『ロッキー』は負け犬ボクサーの奮闘を描き世界的な人気を得たが、本作は“日本版ロッキー”、いや“3倍ロッキー”と呼んでも差し支えない、飛び抜けた面白さと魅力を持つ作品であった。  森山未來、北村匠海、勝地涼という実力派の俳優たちの熱演はもちろん、本格的なトレーニングを積んだ結果として手にした本物のボクサーと遜色ない肉体と動き、撮影に1日半ないし2日をかけたという試合の迫力は、圧巻という言葉でも足りない。  それだけでもスクリーンでの見応えが存分にある力作であるが、前編131分、後編145分、合わせて4時間半超えのボリュームで描くドラマにも、とてつもない感動があった。その具体的な特徴と見所を、以下に記していこう。

栄光にしがみ付くボクサーは、闘う理由を探していく

 末永晃(森山未來)は、一度掴みかけたチャンピオンの道から外れ、どん底に落ちてもなおもボクシングにしがみついていた。妻は愛想を尽かして息子を連れて家を飛び出し、今では借金まみれの父との二人暮らし。場末のデリヘルの運転手として無為に日々を消化しながら、無様なかませ犬としてリングに立ち続けていたのだ。  彼にとって辛いのは、自身がボクサーとして闘う理由を見出せなくなりつつあり、「ボクシングを辞めるべきだ」とジムのオーナーをはじめとした周囲の人間から言われ続けていること。別居している息子からは「お父さんがボクシングを辞めたら、また一緒に住めるんでしょ?」と問われ、知り合いのボクサーからも「あんたみたいな生き方、大嫌いなんだよ」と今の境遇を全否定されることすらある。ボクサーとしてかませ犬であるだけでなく、彼は人生においても負け犬そのものなのだ。
(C)2020「アンダードッグ」製作委員会 

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 その晃は、デリヘル店に幼い娘を連れてきたシングルマザーの送迎を頼まれ、陰りを帯びた彼女に惹かれていくことになる。いい年をした負け犬ボクサーの再起をかけたチャレンジと並行して女性との交流が描かれるというのも『ロッキー』らしい要素だが、本作ではそれよりもかなりトーンは暗く重い。明らかにこのシングルマザーは娘を虐待しており、晃との関係は「仕事の後に行きずりで性的な関係を持つ」ようなもので、ラブストーリーとは呼びにくい不健全さに満ちている。  だが、それでも、晃はボクサーとして泥臭く闘う理由を見つけようとし、シングルマザーとの関係からも何かを得ようともがく。しかし、その答えは簡単には見つからず、さらに惨めな気持ちになっていく。その過程は『ロッキー』よりもさらにハードで救いがないように見える。  ボクシングに限らず、「何のために今の人生を選んでいるのか」「他に幸せになれる道があるんじゃないのか」といった想いを抱えている方は決して少なくはないだろう。そうであれば、より彼の葛藤と焦燥感は、胸に迫るものとして感じられるはずだ。

親の七光りのお笑い芸人は、男のプライドを取り戻そうと闘う

 前述した栄光にしがみ付くボクサー・晃の1人だけでも、十分に『ロッキー』のような(さらに重くて苦しい)ドラマとして成立しそうなところだが、この『アンダードッグ』では彼の物語と並行して、さらに2人の男の人生における重要局面を丹念に描き出しているということが重要だ。実質的に主人公は3人いると言っても良く、それこそが“3倍ロッキー”と称したい理由だ。
(C)2020「アンダードッグ」製作委員会 

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 前編で特にクローズアップされるのは、大物俳優の二世タレントである、鳴かず飛ばずのお笑い芸人の宮木瞬(勝地涼)だ。バラエティ番組の企画としてボクシングに挑戦する彼は、初めこそボクシングをナメきっているようにしか見えず、お笑い芸人としても1人の男としてもつまらない存在として映るのだが、そのことも重要な意味を持っていく。  瞬は親の七光りと揶揄され、その父親本人からもお笑い芸人を辞めろと言われ、あまつさえその父親からいい年をして仕送りをされ続けていた。ボクシング未経験だった彼が芸能界引退をかけて必死でトレーニングを積み、そして闘いに赴くのは、ズタズタに傷つけられてきた男としてのプライドを取り戻すためでもあるのだ。  この瞬の境遇は、前述した晃の人生との明確な対比になっている。お笑い芸人としての地位が低く、ボクサーとして素人であった瞬であっても、心から彼の身を案じる恋人もいるし、応援してくれる取り巻きもいて、何よりも明確な闘う理由がある。対して、晃は自身が過去に栄光を掴みかけたボクシングに無様にしがみつき、デリヘルで働くシングルマザーと不健全な関係を持ち、闘う理由が希薄になっていっている。どうしようもなくつまらない男に見えていた瞬のほうが、まだ希望があると思えてしまうのが、残酷なのだ。
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描かれる剥き出しの性、そして生
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