冒頭で触れた女性は10針を縫うケガを負ったが「8月だったからまだマシだった」とツキノワグマ研究家の米田一彦氏は言う。
「8月に出るのは病気やケガをしていたり、老齢のクマなんですよ。若いクマや大きなクマがいる山ではエサにありつけないから人里に出てくる。9月になると若いクマ、10月になるとメスのクマというふうに弱い順で出てきて、奥山のエサが少なくなってきた10月下旬あたりに巨大なクマが登場するのです。だから
重大な人身被害は10月末がピークになります」
前出の小池氏によると、クマは1年の8割くらいのエネルギーを秋に蓄えるという。そのため、この時期にはブナやミズナラの実などのドングリを食べまくる。豊作であれば山から出てくることはないが、不作で早めになくなれば別の食べものを求めて出てくる可能性も高くなる。ドングリが凶作ならば巨大クマの出没も早まり、人身被害に遭う危険性が高まるのは必至だ。
テントが襲われたキャンプ場。クマは単独行動で他のクマにエサ場情報を伝えないという。襲ったクマは駆除されているので一安心か
’16年に発生した「
十和利山熊襲撃事件」ではクマが人の遺体を食べたとされている。だが、ここで気になるのは、クマが自ら食欲を満たすために人間を襲うのか?という点だ。小池氏は「現状では、多くのクマが人間は怖いものだと思っていますので、人を食べものだという認識はまったくありません。人を食べようと思って山から下りてくることはないですね」という。ツキノワグマは雑食だが9割は植物を食べて、残りの1割はハチやアリ。鹿や猪の死体が目の前にあれば肉として食べるが、死体を探す労力を考えれば植物をたくさん食べるのだとか。一方で、不穏な徴候も見て取れる。米田氏の分析によると、近年、クマの肉食化が進んでいるというのだ。
「三陸海岸で海猫の卵や雛を食べるクマが出没しており、周辺では家畜の鶏が食害を受けている。昔は棲息地が限られていた鹿や猪も、今では本州のどこでも見られます。駆除も進んでいますが、原発事故のあった福島では食用にできないので、例えば鉄砲で撃たれたまま放置されているケースもある。こうして山野に散らばった鹿や猪の死体をクマは食べているわけですから、肉食化が進んでいるというのは間違いないですね」
食べようとして襲うのか、襲った結果、食べるのか。いずれにしても遭遇したら襲われる危険性がある。クマにはできるだけ遭わないようにすべきなのに、それでもクマの棲息地である山につくられたキャンプ場へ行くということならば、下に書かれている対策が必要不可欠となる。
特に重要なのは「
1人は危険なので、2人以上で行く」ということ。1人が襲われても、もう1人が助けを呼べば死亡が重傷に、重傷が軽傷になる可能性は高い。つまり、ソロキャンプは非常に危険ということだ。あと生ゴミなどの食べものを放置するのはクマを餌付けするのと同様。クマの被害は人間の怠惰がもたらす人災という認識を強く持つべきだろう。