国民の声が追い詰めた安倍政権。文書改ざん、統計捏造、国会軽視の7年8か月を振り返る

安倍総理辞任会見

Photo by Franck Robichon – Pool/Getty Images

持病も一因。しかし、国民の声は確実に追い詰めていた

 2020年令和2年、8月28日金曜日、午後5時。会見場に現れた安倍晋三首相は、週の初めに憲政史上最長となったばかりの第二次安倍政権の幕を降ろすと表明。辞任した。  新型コロナウィルスが蔓延し、年ベースで27.8%のマイナス成長という経済がどん底のこのタイミングで降りる理由として上げたのは持病の潰瘍性大腸炎が再発して国民の負託に耐えられない可能性があるからだとした。確かに、病気が最大の要因だろう。メディアやいわゆる識者もそれにならう。しかし、果たしてそれだけだろうか。私は、今年に入り安倍政治が確実に追い詰められていたことも辞任の大きな要因だと考える。

国民の声が確かに追い詰めた安倍政権

 人事とメディアを抑え込み、法治主義や国会を軽視し、思うがままに権力を振るってきた安倍政権だったが、今年の初めからは、その終焉を予感させていた。少し振り返ってみよう。それが、誰の目にも明らかになったのは、1月末の黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題だ。半年間の定年延長が閣議決定でなされた。黒川氏は検察のナンバー2として、安倍側近の数々の不祥事の立件を見送らせたと言われる。その黒川氏を検察トップにするための定年延長ではないかと野党と世論の反発を招く。安倍政権はついに、検察トップの人事の介入も露骨に始めたというわけだ。政権側は、その法的根拠は、国家公務員法の定年延長だとしたが、国会答弁に立った内閣府人事院の担当局長は、1981年の政府見解である、公務員法の定年延長は検察官には適用されないとしたものは今も存在すると答弁して閣議決定の違法性が高まってしまう。しかし、それに対抗するためか、政権側は法解釈は事前に変更されていたと後付けする。それが口頭決済によるものだと法務省は強弁したので大騒ぎとなる。法の番人でもある法務省がこんな重要な改正を書類なしで決済したとは信じがたい、また忖度か、となったわけだ。  このようにして黒川氏の定年延長を強引に行ったが、安倍政権は政府判断で検察官の定年延長が可能な後付けの法案も5月に通そうとした。検察庁法改正案だ。ところが、SNSで普段は政治的な発言をしない芸能人も含めた世論の強い反発が巻き起こり一歩引かざるを得なくなり、先送りとしたのだ。三権分立を是とする民主主義国家で、検察人事に政治が介入すべきでないとする世論の盛り上がりは至極真っ当ななものだ。しかし、その幕引きはあっけなかった。法案が先送りされたなぜか2日後に黒川氏の賭け麻雀事件が発覚し辞職。法案も廃案に追い込まれたのだ。噂された思惑があったかどうかは定かではないが、自らに近いとされる黒川氏を検察トップにすることはできなかった。  すると、それまでは数々の政治家の疑惑がうやむやにされてきていたのが、風向きが変わった。安倍首相の子飼いとも言われる河井克行前法務大臣が、自民党内に残った数少ない反安倍を鮮明にしていた溝手議員を落選させるために2019年の参議院選挙に立候補したと言われる、河井前法相の妻である河井案里参議院議員とともに、公職選挙法違反の容疑で二人とも逮捕され、保釈請求も拒否されたのだ。  この選挙では、通常の10倍に当たる1億5000万円が河合陣営に選挙資金として党から支給され、それが買収に使われたのではないかとされている。安倍首相、菅官房長官自ら最重要候補として推し、強引に当選させた議員が真っ黒だったのだ。その上、法の番人である法務大臣が違法行為で逮捕されたのだ。  さらには、安倍政権肝いりの成長戦略であるカジノ(IR統合型リゾート)推進派であり、すでに贈収賄容疑で逮捕されていた秋元司議員もさらなる疑惑で追い込まれた。何と保釈中に裁判で嘘の証言をさせようと買収したという疑いだ。  このように人事を抑え、法律を超越し(無視し)、公文書を改ざん、隠蔽、破棄するなどして事実を捻じ曲げ、さまざまな不祥事を抑え込んできた安倍政治のグリップが効かなくなっていたのだ。  子飼いの政治家の不祥事や、検察官人事における敗北だけでない、コロナ禍の対策でも、失敗続きで政策での主導権は全く握れなくなっていた。例えば野党の要求で国民一人一律10万円の支給を呑まされ、側近の肝いりで始めたマスクは支給は遅く、不衛生なものが発覚し、使えないアベノマスクと揶揄された。経済との両立のためにと半ば強引に始められたGoToトラベルキャンペーンもすこぶる評判が悪い。  これら、アベノマスク事業、GoToトラベル事業だけでなく、持続化給付金の支給決定の事務においても頻繁に一部の中抜き業者が介在し手数料として予算の多くを吸い上げる構図が明らかになった。業務そのものにも問題があることも明らかになったのだ。  このように安倍政権は追い込まれていたのだ。政権支持率は発足以来の低空飛行だった。秋にはさらなる大問題が控えていた。それは、森喜朗元首相から、東京五輪の延期を2年でなく1年でと強引に決めたのは安倍首相自らだと指摘された東京五輪延長問題だ。巨費を投じ景気浮揚の起爆材にとした東京オリンピック、パラリンピックの来年夏の開催の可否が間も無く決まるのだ。しかし、日本だけでなく世界的にパンデミックが収まっていない状況で、開催中止となる可能性は高い。そのとき、その責任問題はどこに向けられるか。自らの任期内の開催にこだわり、2年でなく1年延長を求めた安倍首相に向けられるのは明らかである。健康問題が決定打になったことは間違いないが、安倍政権、安倍政治の手法そのものが機能しなくなり追い込まれていたことも明らかで、これらも退陣の背景にあると考えるのが自然ではないだろうか?
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戦後民主主義をことごとく破壊していった安倍政権の政治手法
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