国民の声が追い詰めた安倍政権。文書改ざん、統計捏造、国会軽視の7年8か月を振り返る

戦後民主主義から逸脱していった安倍政権

 第二次安倍政権7年8ヶ月は戦後民主主義の日本に生きてきた私にとって驚くようなことばかりだった。  2012年12月の総選挙によって自民・公明両党に政権が正式に戻ったのが12月26日。発表されたアベノミクス3本の矢(異次元の金融緩和、機動的な財政出動、成長戦略)が発表されるや、株価は上昇し、9500円ほどだった日経平均は1年後の2013年の年末には1万6300円台まで回復する。この流れの中、2013年7月の参議院選挙でも自民・公明は圧勝し、ねじれが解消しただけでなく、すでに衆議院では3分の2の議席数を持ち、過去60年の日本の政治史上で圧倒的な議会勢力となった。  そして、この選挙の後、安倍政治は今につながる変化を露わにした。2013年12月に特定秘密保護法を成立させ、2014年4月に消費税を8%に自ら上げた後の消費の落ち込みを逆手に、さらなる消費税増税を延期することの是非を問うという摩訶不思議な理由で年末には再び総選挙を行い圧勝する。このような圧倒的な数の力で、安倍政権はその政治手法を戦後70年以上かけて積み上げてきたものから逸脱していくのだ。選挙に圧倒的な強さを誇る安倍批判は党内からはほとんど消えた。しかし、それは国会軽視、法治主義から逸脱していると批判されても仕方のないものだった。  2015年9月に、国会前に祖父の岸信介首相が強行した日米安全保障条約改正以来のデモ隊が国会前に「戦争法反対」と連日押し寄せた。特に毎週金曜日には圧倒的な人数が集まった。学生主体の団体「SEALDs」が注目されたことを覚えておられる方もいるだろう。数多くの反対もあったものの集団的自衛権に法的根拠を与えた安全保障関連法を強行採決した。  私には、この法案の通し方が、単なる強行採決というだけでなく、安倍政治というものが、それまでの戦後日本の民主主義の政治手法とまったく異質なものだと見えたのだ。  私は、この法案は2段階で成立したと考える。つまり、前年の2014年7月に、それまでの歴代の自民党政権も、内閣法制局も違憲としてきた、集団的自衛権の行使を閣議決定で容認してしまったのだ。閣議決定で実質的に憲法を変えてしまったのだ。この手法にはとても驚いた。いわゆる立憲主義を踏みにじるものだからだ。この地ならしの後に法案は成立するのだ。  皆さんは覚えておいでだろうか。この法案が通る際に珍事が起きたことを。  国会に3人の日本を代表する憲法学者が参考人として招かれ、集団自衛権と憲法の関係について議会証言をした。そして、与党が呼んだ参考人までもが、これは違憲だと明言したのだ。つまり、集団的自衛権を認める法案を成立させるのなら、まずは憲法そのものを変えろというわけだ。しかし、この学者の提言は無視され法案は通ったのだ。強引な手法に首相の支持率は下がるが、2回目の消費税増税延期を掲げて2016年7月の参議院選挙で再び圧勝。とうとう、衆参両院で憲法改正の発議が可能な3分の2を超える勢力を持つことになる。

偏るメディア、分断される国民

 また、このころには、日本のメディア、特にテレビメディアに大きな異変が起きていた。それは、マスコミで反対派の声をほとんど取り上げなくなっていたのだ。それまで日本では重要法案や国論を二分する政治判断が行われそうな時には、テレビメディアは大きく取り上げ、反対派の声も十二分に電波に乗せた。それがほとんど無くなってしまった。マスメディアで登場する言論人やタレントは政権に近い人ばかりとなり、政権と距離を置く人の露出が極端に減ってしまう。また、批判的視点のあった良質の報道番組も次々と終了してしまう。先の国会前のデモの様子などは、マスメディアでなく、SNSなど個人の発するものと、一部の独立系ジャーナリストが流す情報にほぼ限られてしまうのだ。  安倍政治は、その外交・防衛など政治的に強引な法案を、無理やり通し支持率が下降気味になっても、世論の反発が鎮まるのを待ち、国民の関心を経済的なトピックにすり替えて支持を集め選挙に臨むという手法であった。その後も2017年6月には平成の治安維持法と揶揄された共謀罪の趣旨を折り込んだ改正組織犯罪処罰法を通過させる。  このような手法を見せつけられて、国民は圧倒的な安倍政治の支持者とアンチ安倍政治派に分かれてしまう。いわゆる分断だ。それまでの日本の保守政治は反対派にもとことん納得してもらう、分かってもらうということを大切にしてきたし、大きなトピックを通す時には、例えば選挙制度改革に象徴されるように、反対派の意向もできるだけ取り込んでいくということが多かった。そういう配慮は安倍政治には欠けていたように思う。  選挙に強いとされた安倍政権だが一度だけ大敗したことがある。それは2017年7月の都議選だ。前年に自民党の反対を押し切り都知事選に出馬した小池百合子氏は自民候補に勝利。都議会自民党と対立構造となる。そのため自ら政治塾を立ち上げ都議選では都民ファーストの候補を擁立。多くの選挙区で自民党現職都議を落選させ、都議会において自民党を過去最低の少数に追い込んでしまう。もちろん、小池旋風だけが敗北の理由ではない。この年の春に明るみになった森友・加計学園問題の影響があったのは間違いない。税金の私物化、友人知人への便宜をしたということで共通する事件だ。そして、問題そのものだけでなく、安倍政治の手法そのものが問題となっていく。国会での答弁自体がご飯論法と言われるすり替えや、事実上の答弁拒否が繰り返された。  こうした政治情勢を反映して2017年の流行語大賞は「忖度」となった。その極みが、民主主義国家ではあってはならない、公文書の隠蔽、改ざん、破棄である。国会での役人の答弁も公僕のあるべき姿からは程遠く、政権中枢ばかりを見て行政を行うのが当たり前となってしまった。もちろん、権力の中枢自ら明確に求めたのかは明らかではない。しかし、それこそ忖度があったことは間違いないだろう。役人の生殺与奪の権利・人事権を握っているのだ。法の趣旨や倫理的な視点よりも、政権に寄り添い忖度し立ち回る役人には出世を与えた。世論の大きな反発があってもそれは徹底されたのだ。その怒りが都議選に現れたというわけだ。  さらに2017年都議選挙で追い込まれた安倍首相が投票前日に発した言葉が象徴的だ。街頭演説かに押し寄せた反安倍派の市民に対して指を指して言い放った。「こんな人たちに負けるわけにはいかない」。これこそ安倍・分断政治の象徴であった。都議選前にはT議員の秘書への暴言暴行問題がワイドショーを騒がせていたこととも付け加えておく。
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経済的にも「何もなし得ていない」安倍政権
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