2014年5月、筆者は静岡県で活動する市民団体とともに大井川の上流部を調査した
これに対し、当初、JR東海は「トンネル工事で発生する湧水は『導水路トンネル』を設置して大井川に放流する。放流できない水は『必要に応じて』ポンプアップする」と、「努力目標」を繰り返すだけだった。
だが、今ですら大井川は年100日以上の節水制限を設置する年もある。さらに毎秒2トン減るということは、静岡名産の茶の栽培をはじめとする農業にも、製紙などの工業にも、ウナギの養殖などにも、そして市民の生活用水にも、計り知れないダメージを与える。JRの「努力目標」に連絡会議が頷くはずがなかった。
JR東海が「全量戻す」と約束したのは、連絡会議開催から4年半も経った2018年10月のことだった。「これでやっと本格的な議論ができる」と県が思ったのも束の間、翌2019年8月にJR東海は「全量戻すことはできない」と言葉を翻した。この時、難波喬司副知事は「今、はっきりと『全量戻せない』とおっしゃいましたよね」と血相を変えた。
ところがJR東海は10月、「トンネル湧水を導水路トンネルやポンプアップで大井川に戻すことで、逆に水量は増える」と一転して明言した。難波副知事は「議論が振り出しに戻った」と批判を展開し、これでは川勝平太知事も工事にゴーサインを出すはずがなかった。
県とJR東海は、ここで膠着状態に陥ってしまった。そこで2020年4月、国交省がJR東海を「指導」することを目的に、省内で7人の学識者からなる「有識者会議」を開始した。より詳しいデータの提出をJR東海に求め、それをもとに7人が話し合い、情報の整理をするというものだ。
2020年9月に静岡県で「リニア工事差し止め請求」を起こす、原告団の共同代表・林克さん
こうした県の「連絡会議」と国の「有識者会議」の動きを見ていた市民団体「リニア新幹線を考える静岡県民ネットワーク」(以下、県民ネットワーク)などは、昨年から裁判を起こすことを考え始めたという。
県民ネットワークのメンバーである林克(かつし)さんは「県や国での話し合いでは何かしらの結論が出るが、その結論で大井川問題が左右されるのを指をくわえて見守るのではなく、県民こそが大井川の水を守る運動をする必要があると思った。頑張っている県を応援したい気持ちもある」と考え、昨年11月に仲間で集まり、訴訟を検討した。
動きは早かった。2020年1月には訴訟に向けての第1回準備会が開催され、数回の会合を経て「静岡県内区間の工事差し止め」をJR東海に求める裁判を起こすことを決定。6月には提訴の予定だったが、2月からのコロナ禍により裁判手続きを行うことができず、改めて9月での提訴を決めた。
そして裁判を進めるために新たに創設したのが「静岡県リニア工事差止訴訟の会」(以下、訴訟の会)。林さんは、その共同代表2人のうちの1人として就任した。
7月24日、訴訟の会は8市2町のひとつである島田市で、裁判に向けた学習会を開催した。コロナ第2波が疑われる状況下であったが、林さんが予想した倍以上の約80人の市民が訪れた。当初予定していた小さな会議室は人で溢れ、急きょ大きな会議室へと場所を替えたほどだ。