レディオヘッド、カニエが流れるプレイリスト・ムービー『WAVES/ウェイブス』が映画館で観るべき作品である5つの理由

3:愛ゆえの悲劇を描いた物語

 本作の主人公である男子高校生のタイラーは、レスリング部のエリート選手で、裕福な家庭に育ち、美しい恋人もいる、恵まれた環境にいた少年だった。しかし、肩の負傷が発覚し医師から選手生命の危機を告げられ、追い打ちをかけるかのように恋人の妊娠が判明。人生の歯車が狂いはじめたタイラーは、やがて自分を見失っていき、そして決定的な悲劇が起こってしまう。
©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

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 これは、“愛”ゆえの言動が主人公を苦しめたからこそ、悲劇につながった物語とも言えるだろう。  例えば、彼の父親は建設業で財を成しているのだが、「俺たちは人並みの生活の豊かさも与えられていない」「お前に厳しくするのは親の義務だからだ」などと、息子を“成功者”にさせるべく一方的な期待を押し付け、画一的な価値観に縛り付けているように見える。この父親の言葉には、黒人への不当な差別を受け続けたからこその感情も確実に込められており、直近で日本公開された『ルース・エドガー』も思い出すところもあった。  実際に、シュルツ監督は本作についてこう語っている。「愛は破壊的にもなるし癒しにもなる。愛は人生を前向きにしてくれるけど、愛も人生もそんなにシンプルじゃない。この映画は、恋人や家族に対する愛情の起伏や、何かに情熱を持つことの意味。そして、すべてが崩壊した時に何が起こるかを描いているんだ」と。
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 そうなのだ、愛とはポジティブなだけでなく、時には大切な何かを壊す引き金になる。前述した父親の言葉も愛ゆえのものであるし、タイラー自身にも妊娠した恋人への愛が間違いなくあったのだが、それこそが決定的な悲劇につながってしまうのだ。その普遍的な事実を、改めて思い知らされるだろう。

4:2幕構成による対比があってこそ、浮かび上がるもの

 本作は、前述した男子高校生のタイラーの青春と悲劇を追った前半パートと、その妹であるエミリーが主人公となる後半パートという、2つにはっきりと分かれた構成になっている。シュルツ監督は、同様に2つのストーリーから成る『恋する惑星』(1994)からこの構成にすることを思いついたのだという。  その妹エミリーは、兄タイラーの異変に気付けなかったこと、悲劇を止められなかったことを悔やみ、絶望の中にいた。そんな彼女に声をかけたのは、タイラーと同じレスリング部の部員であった白人の少年だった。彼はすべての事情を知ってエミリーをランチに誘い、そしてお互いに抱えていた問題をさらけ出し、エミリーは自身の怒りや悲しみと向き合えるようになっていく。  これは、悲劇からの再生の物語、そしてやはり愛の物語でもある。愛ゆえの言動が大切なものを壊してしまったが、未来に向けて歩むことができるのも、愛があるゆえなのだ。前半と後半の2幕構成による対比があってこそ、その事実が鮮烈に浮かび上がる。
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 家族と恋人をめぐる、愛によるとてつもない悲劇と、そこからの希望に満ちた物語の、なんと美しいことか! 前述した豪華アーティストによる音楽と、独創的なカメラワークの映像が、その美しさをさらに際立たせてくれる。これが、唯一無二の映画体験と言わずして、なんだと言うのだろうか。

5:注目しなければならないスタジオ“A24”

 最後に、本作を手がけた“A24”という配給・制作スタジオの名前を覚えてほしい、と強く訴えておこう。A24は設立から10年も経っていない若い企業なのだが、『エクス・マキナ』(2014)、『ルーム』(2015)、『ムーンライト』(2016)など絶賛で迎えられ、アカデミー賞も受賞した傑作を続々と世に送り出しているのだから。  近年では日本でも大きな話題を呼んだ『ミッドサマー』も、A24配給の映画であった。新進気鋭のキャストやスタッフが集結した、エッジの効いたユニークな作品を生み出し、そして超大作顔負けの高評価を得るA24は、もはや映画ファンならずとも注目しなければならない存在だ。  そして、2020年にこれから日本で公開されるA24が手がけた映画には、『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』(8月7日公開)、『mid90s ミッドナインティーズ』(9月4日公開)、『フェアウェル』(10月2日公開)、『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』(10月9日公開)があり、ほぼ1ヶ月ごとに映画館で観ることができる。もはや「A24にハズレなし!」と言えるまでの信頼と実績を誇るA24の過去の作品群も、ぜひ追って観てみてほしい。 【参考番組】 ラジオ番組「アフター6ジャンクション」7月6日放送 映画「WAVES」監督インタビュー by 高橋芳朗 <文/ヒナタカ>
雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「天気の子」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF
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